2024年 4月 17日 (水)

数字とビジョンの両立が活力を生む ソニーが打った「無目標計画」の一手(大関暁夫)

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   ソニーのトップが交代。新社長の吉田憲一郎氏の指示の下で、新たな中期経営計画が公表されました。

   この計画で、世間を驚かせたのが、営業の利益目標の明示がなく、あくまで定性目標中心の内容、いわゆる「無目標計画」だったのです。

  • 目標に追われてばかりで……
    目標に追われてばかりで……
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財務畑のリアリストが立てた「無目標計画」の狙い

   この中期経営計画に、市場は「先行きの見極めに必要な数値がない計画は評価に値しない」とばかりにマイナス反応を見せ、株価は軟調な動きを続けています。

   吉田憲一郎社長はこれまで財務畑中心に歩み、エンターテインメント畑出身で前社長の平井一夫氏をリアリスト的な立場から支えて、ソニーの財務的立て直しに尽力してきたという印象が強いです。それだけに市場の予想を裏切る意外感が、失望感につながったのではないか、という気もしています。

   しかし、この「無目標計画」。決して先行き不透明感から仕方なくした無目標ではなく、吉田社長なりに明確な狙いがあっての無目標であったようです。「(中長期的な)数値目標を定めると、成果にばかりとらわれがちになる」。吉田社長は、そんな言葉で今回の「無目標計画」の狙いを語っています。

   長年ソニーの下請けとして付き合いのあるH社のK社長が、「ソニーが無目標計画を発表」の記事を見て、自分なりの解説を披露してくれました。

   「ソニーはトランジスタラジオにはじまり、カセットテープレコーダー、ウォークマン、ハンディビデオ...... とにかく他社が考えつかない製品をいち早く世に送り出す、そんな企業でした。電気技術者だったウチの父はそんなソニーにあこがれと尊敬の念を持って取引をはじめ、二代目の私もその精神を胸に長年お付き合いをしてきました。しかし『失われた20年』と言われるソニーの低迷は、ソニーらしさであるオリジナリティの欠如と符合し、そこからの復活が今回の『無目標計画』の裏にはあると私は確信しています」

計数を追い続けてきた吉田社長の思い

   現段階で吉田社長は多くを語ってはいませんが、K社長が言うオリジナリティあふれるソニーの復活が「無目標計画」の狙いであるということは、かなり的を射た見方なのではないかと思われます。

   成長期を過ぎて安定期あるいは停滞期に入った企業が、計数目標の達成と次の成長の種育成を両立させることはかなり難しい経営課題でもあります。ソニーの場合は、今世紀入り前後からの長期低迷状況脱却に苦しみ続け、ようやくトンネルの出口が見えたここで、計数目標にとらわれない企業風土を取り戻したい、計数を追いかけ続けてきた吉田社長だからこそ、そんな思いにかられているのではないかと思えるのです。

   3年ほど前のことです。IT機器向けの電子部品開発製造業のB社が、その製品開発力と財務内容の良好さを評価され、周囲から持ち上げられる形で、株式の上場に向け本格検討をはじめました。

   40代の創業社長T氏は、上場で市場から多額の資金を引っ張り技術開発に一層の拍車を掛け、かつ上場を機に社員たちへの還元も同時にしたい、と株式上場のメリットを捉えていました。

   しかし、いざ上場準備に入ってみると、思惑とは違う展開が待っていました。最大の読み違いは、物言うベンチャーキャピタル(VC)の存在でした。資本政策の一環でVCから出資を受けると同時に役員も受け入れることとなり、創業以来初めて、見知らぬ他人が取締役会に顔を連ねることになりました。

   それにより、これまで形式的に、ほとんど社長の一存ですべての運営を動かしてきた取締役会などの流れが一変。VC出身の役員は毎月会議に出ては、物言う株主として上場に向けた計数管理を口うるさく言うようになったのです。

VCの「圧力」に、上場計画を白紙撤回

   上場という大命題に向けて、T社長もVC出身役員の意見を無視するわけにもいかず、会社の雰囲気は激変。会議は中期経営計画の目標達成に向け、足もとの計画数字の達成が至上主義となり、社長自身もとにかく目の前の大手取引先からの仕事獲得を最優先で業務に当たれと、そんなゲキを飛ばさざるを得ない状況に追い込まれます。

   月々の計画達成が難しくなればなるほどVCからの外圧はきつくなり、同社の生命線である製品開発は中長期的視点に立ったものから、目先の受注を増やすためという視点に変わらざるを得なくなったのです。

   この状況に危機感を覚えたT社長は、「これでは、私が思い描いた会社ではない」と、VCからの出資を返済して、上場計画を白紙に戻すことにしました。

「VCのビジネスモデルは簡単に言えば、出資先企業を上場させて持ち株を市場放出することでキャピタルゲインを得ることが目的です。すなわち、とりあえず上場に漕ぎ着けさえすればそれでいいわけで、その先の中長期的な展望にまで視野はほとんど及んでいません。もちろん、上場に向けては中長期戦略の実現性も問われますが、まずは何より目先の業績重視です。ウチのような歴史の浅い企業は、業績至上主義が強く打ち出されると、開発重視の社内風土まで変革させられかねません。私は、行き過ぎた業績至上主義のリスクを、身を持って感じたのです。本当に納得のいく、いい会社を永続させるために上場を諦めました」

   社員の生活を支える営利企業である以上、短期的な収益を追いかけることは確かに大切ですが、同時に企業の個性を失わせないような中長期の展望がないと、企業は計数に追いまくられ、疲弊して最悪はブラック企業化してしまうのかもしれません。

   ソニーのような大企業でも、創業間もないベンチャー企業でも基本は同じ。短期と中期、計数とビジョン、その両立が活力あふれる企業経営を実現する。改めて強く実感させられるところです。(大関暁夫)

大関暁夫(おおぜき・あけお)
スタジオ02代表。銀行支店長、上場ベンチャー企業役員などを歴任。企業コンサルティングと事業オーナー(複合ランドリービジネス、外食産業“青山カレー工房”“熊谷かれーぱん”)の二足の草鞋で多忙な日々を過ごす。近著に「できる人だけが知っている仕事のコツと法則51」(エレファントブックス)。連載執筆にあたり経営者から若手に至るまで、仕事の悩みを募集中。趣味は70年代洋楽と中央競馬。ブログ「熊谷の社長日記」はBLOGOSにも掲載中。
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