2019年 10月 20日 (日)

その70 「昼行灯」の「蛍光灯」「こんなものいらない!?」(岩城元)

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   「青空」の下で輝く「蛍光灯」。列車の駅のホームで、目立つ光景だ。冬のこの季節、晴天の日だと、それこそ抜けるような青空が広がり、陽光がホームに差し込んでいる。それなのに、ホームの天井部分に取り付けられた蛍光灯が、陽光に逆らうように輝いている。

   いや、蛍光灯が「目立つ」とか「輝いている」というのは、いささか正確な表現ではない。注意して目を上に向けないと、蛍光灯がついていることさえ見逃してしまうかもしれない。蛍光灯に比べ、日の光が強すぎるからだ。

  • 同じ駅でも、全部の蛍光灯をつけているホーム(向こう側)と、3本のうち2本を消しているホーム(手前)。(東京のJR池袋駅で)
    同じ駅でも、全部の蛍光灯をつけているホーム(向こう側)と、3本のうち2本を消しているホーム(手前)。(東京のJR池袋駅で)

消せばいいのに......

   忠臣蔵の大石内蔵助は赤穂藩の家老という要職を務めていたが、一説によると、周りから「昼行灯(ひるあんどん)」と呼ばれていた。ぼんやりとしていて、いるのかいないのか、分からなかったからだそうだ。

   青空の下の蛍光灯もまさに昼行灯である。電気が実にもったいない。消せばいいのに......。

   電鉄会社もそれに気づいていないわけではない。関東の私鉄の駅には「列車内 駅構内 節電中 ご理解・ご協力を」といったポスターが貼ってある。JR東日本、東武、西武、小田急、東急など20社以上の共同広告だ。

   ところが、これがちゃんと守られているとは言い難い。ただし、僕の目がなんとか届くのはJR東日本と東武、西武の一部ぐらいだ。取材不足の点はお許し願いたい。

   その前提で、まず「駅構内」だけど、駅によって、随分と取り組み方が違う。同じ鉄道の同じ路線でも、ある駅ではすべての蛍光灯をつけているのに、ある駅では全部を消している。あるいは、同じ駅構内でも、屋根の部分が多くてやや薄暗そうなところはつけ、ほかは消していたりする。

   ただ一般的に言って、ついている蛍光灯のほうが多数派のような気がする。

   JR東日本の池袋駅で快晴の日、あるホームの蛍光灯は3本に1本が消されていた。なかなかに凝ったことをやるんだなあ、と思ったのだけど、線路を挟んだ向かいのホームを見ると、すべての蛍光灯がついている。日の光の差し込み具合といった「条件」は、どちらのホームも同じである。

スマホに、本や新聞を読むのになんの不自由もない

   あれもこれも、いったいどんな「基準」でやっているのだろう?

   担当者の気まぐれでつけたり消したりしているのだろうか? 

   次は、鉄道各社の共同広告にある「列車内」の節電だけど、これはまったくといっていいほどに実行されていないのではないだろうか?

   昔と違って、最近の列車はガラスの窓が大きい。お天気の日は車内も外に負けないほどに明るいのではないか?

    蛍光灯がついていなくても、スマホをいじり、本や新聞を読むのに、なんの不自由もないはずだ。それなのに、蛍光灯がついている。これも、電気が実にもったいない。消せばいいのに......。

   全国津々浦々の列車の中や駅の構内で、無駄にともされている蛍光灯を想像すると、気が遠くなってくる。(岩城元)

岩城 元(いわき・はじむ)
岩城 元(いわき・はじむ)
1940年大阪府生まれ。京都大学卒業後、1963年から2000年まで朝日新聞社勤務。主として経済記者。2001年から14年まで中国に滞在。ハルビン理工大学、広西師範大学や、自分でつくった塾で日本語を教える。現在、無職。唯一の肩書は「一般社団法人 健康・長寿国際交流協会 理事」
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