2019年 11月 22日 (金)

【IEEIだより】福島レポート 災害と医学研究(1)情報収集の価値とリスク

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   「3.11」の大災害から8年目の年を迎えました。被災地の課題はまだまだ多いものの、災害当時のことを客観的に振り返る余裕も少しずつ出てきました。今の福島からは、そういう印象を受けます。

   そのようななか、今、研究者や住民の方のあいだでにわかに議論を呼んでいる問題があります。それは、「震災当時の個人情報収集の仕方が適切であったのか」という点です。

 
  • 震災当時、個人情報の収集の仕方は適切だったのか!?
    震災当時、個人情報の収集の仕方は適切だったのか!?

個人情報保護法の改正で起こった変化

   特に、当時の健康情報につき、共有の仕方が適切であったのかという話題が、住民の方々や自治体の職員の間でも取りざたされるようになってきたようです。

   今になり、そのようなことが話題になった背景には、情報収集を行った自治体の方針が変更された、研究施設の方針や人事が変更された、患者さんや住民の方々が改めて過去を振り返る余裕ができたなど、さまざまな理由があるでしょう。

   また、2017年に個人情報保護法が改訂されたことで、情報に対する取り扱いのルールが変わったということも一因となっているかもしれません。

   将来の災害に備え、当時の混乱の中の手続きに甘さがなかったのか、しっかり見直すことは重要です。しかし、「誰が何を反省すべきなのか」という点については、さまざまな論点があるにもかかわらず、きちんと分類がされないまま、徒に研究者が批判される場面も時折見かけます。

   もちろん、このような批判が起こったことについては、研究者側にも反省すべき点があります。これまで研究者は、患者さんや住民の方に調査や研究の説明を行う際、研究内容の説明は丁重に行ってきました。

   しかし、自分たちがどのようなルールに則って手続きを踏んでいるのかということについては、あまり説明してこなかったように思います。その結果、患者さんのカラダに影響を与えることのない観察研究のような研究においても「法に触れている」「倫理的に誤っている」という疑念を抱かせてしまい、まるで患者さんに直接の害をもたらしたかのような印象を患者さんが持ってしまう結果になっているのではないでしょうか。

   そこで本稿を含む数稿を使って、災害時の情報につき、その収集の難しさ、住民の方の不満の原因、倫理的な問題など、いくつかの視点から考察していこうと思います。

情報収集の「適切さ」とはなにか

   まず、災害時の個人情報の収集が適切であったかどうかについての議論には、どのようなものがあるでしょうか。

   記事やネット上の書き込み、地元の方々の意見などを眺めていると、大まかに以下に分類されるようです。

(1) 患者・住民への同意を取るべきであったのか、あるいは取り方が適切であったのか(法律上の問題)
(2) 情報の取り扱いが適切であったのか(セキュリティの問題)
(3) 収集した情報の提供先が適切であったのか(信頼の問題)
(4) 情報の解析や解釈が適切であったのか(学術的な問題)
(5) 情報を発信すること自体が適切であったのか(倫理の問題)

   これらの議論がきちんと分けられず、混同されることで、たとえば自分のデータが自分の意図しない結果を生んだことで、「同意していない」という議論になってしまったり、法律や指針を守れていなかったりすることが「人道的な問題」のように言われてしまう。あるいは、情報の取り扱いが適切でなかったことが「違法」であるかのように言われてしまうなど、さまざまな誤解が生まれ得ます。

   住民の方にとって、自身の情報が不当な扱いを受けたかのように感じることは、あまり幸せなことではないでしょう。そのためにも、個人の情報を社会に還元する際のルールと問題点につき知ることは必要だと思います。

   ところで、なぜ災害時の情報共有はそれほど必要なのでしょうか?

   情報取り扱いの議論を行う際、私たちはまず、そのことを被災地の方々に知っていただく必要があると思います。それが理解されない限り、当時の研究者たちの態度は、「名誉欲に駆られた研究者がこぞって被災地の情報に群がってきた」かのような誤解を受けてしまうからです。

   実際に、災害後に最適な支援を行うため支援者が最も必要とするものは、信頼のおける被災地のデータです。その中には、津波被害や放射線量などの環境にかかわるデータも含まれます。しかし、被災地の人々と直接かかわる人々にとって、特に重要な情報は、やはり個人の情報、それも健康に関わる情報でしょう。

   これは支援だけでなく、その後の町の復興や地域創生時の福祉計画にもかかわる重要な情報なのです。

   たとえば災害直後であれば、どこにどれだけの方が避難していて、どのような健康被害を受けたのか、どんな治療が必要だったのかという情報。これがなければ支援者は必要十分な医療資源や人的資源を被災地に送ることができません。また災害急性期を過ぎた後であれば、被災者の間に長期的な健康被害は起きているのか。起きているとすれば、どのような人が被害を受けやすい「災害弱者」なのか。それを知ることで、適切な補償やその後の支援の優先順位を決めることができます。

   このような問題に限らず、被災地で日々浮上する、さまざまな不安や疑問に答え、適切な資源を配分するためには、被災地の方々の健康に関わる詳しい情報が必要です。そして判断根拠の信頼性を担保するためにも、その資料は一次資料か、せめて2次資料の形で提供されることが望ましいのです。

研究者にとっての情報収集というリスク

   なぜ情報は必要だったのか――。

   「では、なぜその情報が支援活動だけでなく、研究者の論文ネタとなっているのだ」。そのような言われ方をすることもあります。被災地の情報が専門家や研究者と共有されるべき理由には主に2つあります。

   一つは、たとえ資料を扱うのが行政や企業であったとしても、情報の中には専門家にしか解析できない情報が多々あるためです。たとえば、糖尿病やがんの疫学情報は医学研究者や疫学者の解釈が必要ですし、福島における放射線被ばく量や空間線量の解析には原子力の専門家が必要でした。

   もう一つは、情報の発信を行政だけが行っていても、その発信先は限られてしまうためです。特に世界における未来の防災に役立てたり、風評被害を払拭したりするためには、新聞や行政のホームページだけでなく、学術誌にも発信していく必要がありました。

   そのため、被災地の多くの情報は、いろいろな分野の研究者に提供される必要があったのです。端から見たら、被災地に研究者が「群がってきた」と見えてしまった一つの原因が、ここにあると思っています。

   自省も込めていうならば、研究者も含めデータを取り扱う人は、個人情報をいただくことの重要性を住民の方々や患者さんに十分説明してきませんでした。また、情報を提供いただいた方々への感謝の表明もおろそかにしてきたきらいはあります。

   個人情報をいただいた以上、発信された情報はその提供者にも有益でなければならない。研究者はその点をもっと強く自覚しなくてはいけないと思います。

被災地は8年が過ぎたが......(福島県富岡町付近)
被災地は8年が過ぎたが......(福島県富岡町付近)

   一方、情報共有の大切さが認識されないがために、被災地の研究者にとって、個人情報を取り扱うことはそれだけで社会的批判を受けるリスクにもなりました。

   「己の名声のために自分たちのデータを利用するのか」――。被災地の風評被害を払拭しようと論文を書いた結果、そういう誹りすら受けた経験は、福島県内の研究者であれば少なからずあるのではないでしょうか。

   災害直後に被災地に入った研究者は、日ごろから個人情報を使い慣れていた方とは限りません。そのため、個人情報の取り扱いの法的・社会的な難しさをあまり意識せず、社会のためという一念のみで研究を遂行した後に予測外の反駁に驚いたという方も多いのではないかと思います。

   被災地で論文を書いた方、書き続けている方の多くは、偶然に被災地とかかわり、その窮状を目の当たりにしてきた人々です。風評被害を防ぐため、あるいは今後の被災地に貢献するために情報を集め、社会的リスクを冒して世界に発信しようとした。当時の被災地の研究者のほとんどは、そういう方々であったと思います。

個人データが社会を救う

   被災地の方々の尊厳が研究や論文という大義の前に損なわれてはいけないのは、当たり前のことです。しかし一方で、被災地において敢えてリスクを負った研究者の尊厳が損なわれることも、また、あってはならないと思います。

   そして、前述のようなリスクがあってもなお、被災地の情報を広く共有することは重要だというのが私の意見です。住民の方から提供いただいた情報を用いた論文は、時に世界の人々を救う糧ともなるからです。

   災害は緊急事態ですが、決して稀な事態でありません。特に日本は先進国有数の災害大国です。2018年の大阪北部地震、「逆走」台風(12号)、広島県の土砂災害、北海道胆振東部地震などを見ても、災害時の情報は全国各地で、いつ必要となってもおかしくないということがわかると思います。

   つまり、災害時の情報、特に医療情報を広く共有することは、未来の多くの方々を救うための「史料」とも言えるのではないでしょうか。

   インターネットやSNSの普及による「情報革命」の後を生きる私たちは、日常生活において常にデータを作りながら生きています。ツイッターのつぶやきや検索履歴、クルマや電車での移動情報、カードを用いた買い物情報、詐欺の通報情報など、一つひとつの情報は、時に悪用されるリスクを抱えつつも、より便利な社会を作ることに役立っています。それは医療情報も例外ではありません。

   かつて医療情報は、患者さんと医療者の一対一の対話にのみ用いられる記録であったかもしれません。しかし、今その一人ひとりの情報が、より遠い未来の、より広い社会に貢献できる世界が生まれつつあります。

   個人情報は厳密に守られるべきものであり、情報セキュリティを確保することは情報共有のうえで必須です。そのうえで皆が自分の情報を持ち寄ることで、災害に強い未来の社会を築くことが大切なのではないでしょうか。

   なぜ、情報提供に納得できない人がいるのか――。ある個人情報の利用が、どのような点で法的に問題となるのか、あるいは社会的に批判されるのか。私たち皆が個人情報の「生産者」として、その点をしっかりと考えていかなければならない時代なのだと思います。

   次回は、個人情報を取り扱う場合に、病院や自治体などがどのようなルールに従わなくてはいけないのかを解説しようと思います。(越智小枝)

越智 小枝(おち・さえ)
越智 小枝(おち・さえ)
1999年、東京医科歯科大学医学部卒。東京医科歯科大学膠原病・リウマチ内科。東京都立墨東病院での臨床経験を通じて公衆衛生に興味を持ち、2011年10月よりインペリアルカレッジ・ロンドン公衆衛生大学院に進学。留学決定直後に東京で東日本大震災を経験したことで災害公衆衛生に興味を持ち、相馬市の仮設健診などの活動を手伝いつつ世界保健機関(WHO)や英国のPublic Health Englandで研修を積んだ。2013年11月より相馬中央病院勤務。2017年4月より相馬中央病院非常勤医を勤めつつ東京慈恵会医科大学に勤務。
国際環境経済研究所(IEEI)http://ieei.or.jp/
2011年設立。人類共通の課題である環境と経済の両立に同じ思いを持つ幅広い分野の人たちが集まり、インターネットやイベント、地域での学校教育活動などを通じて情報を発信することや、国内外の政策などへの意見集約や提言を行うほか、自治体への協力、ひいては途上国など海外への技術移転などにも寄与する。
地球温暖化対策への羅針盤となり、人と自然の調和が取れた環境社会づくりに貢献することを目指す。理事長は、小谷勝彦氏。
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