2024年 4月 23日 (火)

信念なき政治家? EU離脱強硬派、英「ボリス」新首相はこんな人(小田切尚登)

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   2015年12月、古代ギリシャと古代ローマのどちらが優れているか、というディベートが、英ウエストミンスターのメソディスト・セントラルホールで2000人の聴衆を前に行われた。

   ローマを支持するのは古典学の泰斗でケンブリッジ大学教授のメアリー・ビアド。対するギリシャ擁護派は、当時ロンドン市長だったボリス・ジョンソン(愛称ボリス)である。

  • ボリス・ジョンソン新首相の登場で、英国はどうなるのか!?
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ボリス氏が「古代ギリシャ人こそ最高の存在」と主張するワケ

   ボリスは、民主主義がギリシャで生まれたことを強調する。かの地に国王や皇帝のような絶対的存在は存在せず、合議制により民主的に物事を決めていた。今日まで続くこのシステムを初めて作り上げた彼らこそ最高の存在だ、ということだ。

   たとえば、アリストファネスのリューシストラテーに、女たちが反戦のためのセックス・ストライキを行った、という有名な話があるが「そういう主張が可能だったのは民主主義の世の中だったから」という議論を展開する。

   それに対して、ビアドからは「ギリシャは民主制のアテネだけではない。軍事国家スパルタもギリシャだったこともお忘れなく」といった反論が出た。

   また、ボリスが詩も哲学も演劇も歴史学もギリシャが優位にあると述べたのに対して、ビアドはこう述べた。

「ある有力な政治家が自著にこう書いているのです。ウェルギリウス(共和政ローマを代表する詩人)のアエネーイス第4巻でディードーが自殺するところがあらゆる書物のなかで最高だ」

   ボリスは苦笑いして、「それを書いたのは自分だ」と認めた。

   結局、このディベートはビアドの勝利となった。勝敗はともかくとして、我々にとって特に興味深いのは、ボリスのローマ帝国に対する反駁が、現代のEU(欧州連合)に対する批判と重ねて論じられているところだ。

   「古代ギリシャから引き継いだ自由の火を消すな。ブリュッセル(EU本部)の独裁に対抗できるのは英国だけだ」といった主張だ。

王室、政治家、アーティスト...... 多種多様な「血」を引く

   ボリス・ジョンソンは、英ロンドンの知的エリートの家庭に育った。父親は外交官から欧州議会議員となった人物で、その先祖にはオスマン・トルコの政治家アリ・ケマルや、英国王ジョージ2世などがいる。画家の母はロシア系ユダヤ人の血筋であり、彼女の父親は大物弁護士である。つまり、ボリスは王室、政治家、アーティスト、キリスト教、ユダヤ、イスラムなど多種多様な血を引いているということだ。

   また、彼はフランス語、イタリア語、ドイツ語、スペイン語、ラテン語に堪能である。

   ボリスはパブリック・スクール(私立中等学校)の名門イートン校を経てオックスフォード大学で古典を学んだ。大学在学中にオックスフォード・ユニオンのプレジデントになった。200年近い歴史を持つこのディベート・サークルのプレジデントというのは歴史に名を残す名誉である。

   オックスフォード大では、悪名高いブリンドン・クラブにも所属した。これは男子学生による秘密組織で、豪勢な飲食をしたりするのだが、その後レストランの食器を壊したりするといった狼藉で特に知られる。

   ボリスは2年下のデービッド・キャメロン(元イギリス首相)らと共にこのメンバーだった。キャメロンはこれを恥ずかしい過去として消し去ろうとしているが、ボリスは気にしていない風である。

   オックスフォード大学卒業というのは英国首相としては当然ともいえる学歴である。英国をはじめとする多くのヨーロッパ諸国では子供が10代の前半くらいで知的な職業につくかどうかの選択を迫られ、その後は大学に進学するエリートと労働者階級とは断絶することになる。

ぼさぼさのブロンドの髪は計算づくかも......

   第2次世界大戦後の英国の歴代首相はアトリーからボリスまで15人だが、そのうちオックスフォード大学の卒業生は11人と圧倒している。

   また中等学校についてはパブリック・スクールとよばれるエリート校卒の比率が高く、1721年の初代首相ウォルポールからボリスまでの55人の首相のうち、過半数がその卒業生だ。

   なかでも、ボリスも学んだイートン校の卒業生が20人。逆に授業料がかからない、ふつうの公立中等学校を卒業したのは55人中たった9人しかいない。イギリスの庶民が「特権階級でないと偉くなれない」と感じても仕方がないところだ。

   ちなみに、日本の首相の場合は、庶民宰相と呼ばれた中央工学校卒の田中角栄(1972~1974に首相)以降は学歴の意味は大きく減じられた。過去、四半世紀の間に東大卒の首相は鳩山由紀夫(工学部卒)しかいない。

   一方で、ボリスといえば、平然と嘘をつく、行動が荒っぽく問題を次々に引き起こす、女性関係にだらしない...... といったさんざんな悪評が聞こえてくる。自信家で、品がなく、問題発言が多く、テレビで人気と知名度を得たことをバネにトップの座を得た...... と書いてくると、その姿は米国のトランプ大統領とダブる。

   ただし、ボリスの野卑な行動の裏には相当程度の計算があるところがトランプ氏とはちょっと違う。彼のトレードマークは、ぼさぼさのブロンドの髪であるが、彼はカメラに映るときはいい塩梅にぼさぼさになっているか確認しているという。

   さらに、彼は「バカができるインテリ」として笑いを取る術を心得ている。前任のメイ首相が冷たい秀才女性といった雰囲気を与えていたのとは対照的。演説は非常に上手で、内容よりもその話術で人を惹きつけてしまう。バカなことや間違いを言ったりして恥をかくことも多いが、それさえも魅力に変えてしまう。典型的な「味方にいると心強いが、敵に回したくない男」である。

究極のポピュリストか?

   ボリスは、その時その時によって主張を変えることでも知られる。彼は英国のEU離脱派のリーダーであるが、最初から確固たる信念を持っていたわけではなかった。2016年に当時のキャメロン首相がEU離脱の国民投票実施を決断した時、ボリスはどちらにつくか決めかねていた。デイリー・テレグラフ紙にEUに「とどまるべき」というのと「離脱すべき」という二種類の論考を書いて準備していたほど。結局、離脱派に入ることになり、彼は赤い大きなバスに乗って「反EU」の遊説をして各地を回った。

   バスの側面には「英国は1週間に3億5000万ポンドをEUに払わされている」と大きく書かれていた。これはまったく根拠のない「盛った」数字であったが、こういうデタラメが離脱派の票を増やすのに役立ったことは否定できない。

   結局、EU離脱派が国民全体の52%の票を獲得して、英国がEU離脱にかじを切ることになった。

   このようにボリスは、よく言えば人々の心をつかむのに長けていて、機を見るに敏な政治家である。しかし一方で信念がなく、次々に出まかせを言って、その場を取り繕ういい加減な政治家であるとも言える。

   ともあれ、彼は運も味方につけてジャーナリスト、ロンドン市長、下院議員、外務大臣を経て、ついに英国首相の座を射止めた。

   新首相の最大の使命は10月31日を期限とするEU離脱、通称ブレグジット(Brexit)を乗り切ることだ。英国がEUから離脱するというのは恐ろしく大きく複雑な話であり、政治的にも経済的にも広範な影響を及ぼす。ふつうに考えると、あと3か月を切った状況で、十全の準備をすることは不可能だと考えられるところだ。そのため、「もう一度、国民投票を行うべきだ」と言った声さえ聞こえてくる。

   しかし、ボリスは至って楽観的で「何が起きようとも」「ドゥー・オア・ダイ(やるかそうでなければ死ぬか)の決意で」「キャンドゥー(やればできる)の精神で」乗り越えられる、としている。

   「みんな悲観的過ぎる」といった発言もしている。これで英国民の多くが何となく大丈夫ではないかという気になったとすれば、それこそ彼のポピュリストとしての本領発揮ということだろう。

   ただし、それとEU離脱がうまく行くかどうかとは、まったく別問題である。(小田切尚登)

小田切 尚登(おだぎり・なおと)
小田切 尚登(おだぎり・なおと)
経済アナリスト
東京大学法学部卒業。バンク・オブ・アメリカ、BNPパリバなど大手外資系金融機関4社で勤務した後に独立。現在、明治大学大学院兼任講師(担当は金融論とコミュニケーション)。ハーン銀行(モンゴル)独立取締役。経済誌に定期的に寄稿するほか、CNBCやBloombergTVなどの海外メディアへの出演も多数。音楽スペースのシンフォニー・サロン(門前仲町)を主宰し、ピアニストとしても活躍する。1957年生まれ。
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