2019年 12月 7日 (土)

「笑っていいとも!」終了、赤字転落...... 「復活」スタジオアルタ社長に聞いた起死回生策(前編)

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   東京・新宿「スタジオアルタ」といえば、お昼の伝説的バラエティー番組「笑っていいとも!」(フジテレビ系)だろう。「♪お昼休みはウキウキWatching~~~」のオープニングとともに、テレビに映し出される「アルタビジョン」と新宿東口広場の人、人、人。その生放送のスタジオに使われていて、華やかでにぎやかだった。

   そんな「笑っていいとも!」が、終了したのが2014年。それにより、株式会社スタジオアルタは売り上げの大部分を失い、赤字に転落することになる。陰陰滅滅たる状況で社長に就任した嶋田正男氏は、4期連続赤字からいったいどんな手で「復活」を遂げたのか――。

  • 「事業再生」の請負人(写真は、スタジオアルタの嶋田正男社長)
    「事業再生」の請負人(写真は、スタジオアルタの嶋田正男社長)

赤字7億円超からの「事業再生」を目指す

―― スタジオアルタの社長に就任した経緯を教えてください。

嶋田正男社長「伊勢丹に入社し、婦人靴のバイヤーを経て百貨店の統括部長となり、主に百貨店畑を渡り歩いてきました。特に力を注いだのが、系列百貨店のターンアラウンド(事業再生)。2000年代に入ると、特に地方の百貨店は商品調達がうまくいかず、業績不振にあえいでいました。私は自ら志願して、苦戦していた松山三越(愛媛県)に2年間出向。立て直しに奔走しました。伊勢丹出身者が、三越に単身で出向することは、当時としては珍しく、周囲の人たちからも驚かれました。
   ずっと順風満帆だったわけではありません。失敗も多く、浮き沈みの激しいキャリアでした。そんな私に突然、『2017年10月付でスタジオアルタの社長になってほしい』と打診があったのです。当時のスタジオアルタは、2014年以降4期連続の赤字で、累計赤字は7億円超にも膨れ上がっていました。
   そのうえ、私自身にはメディア・エンタメ事業のノウハウや知見、経験をまったく持っていませんでした。
   しかし、それまで苦戦している事業や店舗の支援に携わってきた経験から、半ば使命感で、『ぜひ、やらせてください』と、二つ返事で引き受けました。
   グループ内からは厳しい反応もありましたが、それでも、私は引き受けるなら、ターンアラウンドを目指したいと思ったのです」

「アルタビジョン」の売り上げアップをどうするか!

―― 社長就任時、会社はどのような状況だったのでしょうか。

嶋田正男社長「社名にもなっている『スタジオアルタ』は1980年代以降、フジテレビ系列の長寿番組『笑っていいとも』で有名な収録スタジオでした。私たちが若い頃は、新宿の待ち合わせといえば、『アルタ前』が合言葉。長年、このスタジオの貸し出しに、売り上げのほとんどを頼っており、名実ともに最重要ビジネスだったのです。
   しかし、2014年に番組が突然終了することになり、業績は急速に悪化。その後、アルタビルのリニューアルに伴い、スタジオは取り壊されることになりました。主力だったスタジオ事業自体がなくなってしまったのです。
   そもそも、『スタジオアルタ』は三越とフジテレビのジョイントベンチャーで始まった事業でしたが、『笑っていいとも』の終了によって、フジテレビの持ち株比率は大幅に減少しました。スタジオアルタに残された主要事業は、アルタビル壁面に設置された街頭ビジョンの『アルタビジョン』と、新たに開業した劇場『オルタナティブシアター』。そして『三越劇場』の運営でした。
   しかし、私が社長に就任したとき、どの事業にも黒字化を期待できるような明るい要素はなく、社内に閉塞感が蔓延していたのです」
嶋田正男社長は「赤字で社内には閉塞感が蔓延していた」と明かす
嶋田正男社長は「赤字で社内には閉塞感が蔓延していた」と明かす

―― 4期連続の赤字で迎えた2018年度、7500万円の黒字化に成功されたと聞いています。いったい、どのような手を講じたのでしょう。

嶋田正男社長「とにかく、赤字要因を止めることを第一に考えました。まず、オルタナティブシアターでインバウンド向けに自主公演していた『アラタ~ALATA~』の打ち切りを決めました。多額の投資をして、ゼロから制作した演目でしたが、黒字化のメドがまったくつかなかったからです。
   『アラタ~ALATA~』のために採用した人材も減っていきました。そして、細々と続けていた番組制作事業からも撤退しました。他にも、コンサルティング会社との契約解消、事務所の賃料や人材派遣会社への支払いの削減、減損処理を実施して、収益構造を見直しました。すると、私が着任してから半年のうちに、赤字解消の道筋が見えてきたのです。
   さらに、事業の構造改革を推進しました。オルタナティブシアターは、自主公演から、劇場をリースする貸し小屋に転換。その後、すぐに大手のエンタメレーベルに長期で利用いただけることになったのは、本当に幸運でした。三越劇場では、社員への意識改革を行い、当たり前になっていた赤字公演を削減。チケットシステムも導入しました。ここまではある意味、教科書どおりにできました。
   ただ、黒字化には基幹事業の『アルタビジョン』の売り上げアップが欠かせません。そのことはわかっていたのですが、私自身にも知見がない中で、内部のリソースに限界を感じていました。
   そこで、外部の助けを借りる方向に舵を切ることにしたのです。それ以前も人材派遣会社は利用していたのですが、もう少し深くかかわってもらおうと、外部のプロ人材の活用を提案する『プロシェアリング』というサービスがある、サーキュレーション社に相談して、外部コンサルタントの助言を受けることにしたのです。じつは、この決断が黒字化に転換する第一歩となりました」(つづく)

(聞き手 戸川明美)

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