農民の困窮に見るに見かねた江戸時代の代官が、殿様に直訴状を差しだしたが、にべもなく撥ねつけられた構図といっては言い過ぎだろうか――。政府の新型コロナ対策分科会の尾身茂会長が2020年12月11日、過去最多の感染患者が急増する第3波の対策として、「GoToトラベル」キャンペーンの停止などを求める提言をまとめ、発表した。しかし、菅義偉首相や小池百合子・東京都知事の反応は冷淡極まりないものだった。なぜ2人は「GoToトラベル」を続けたがるのか。GoToトラベル停止と飲食店の午後8時までの時短を要請主要メディアの報道によると、政府の新型コロナウイルス対策分科会は2020年12月11日、会合を開き、感染が急拡大している地域では「GoToトラベル」の対象地域から除外するなどの対策を求める提言を発表した。「勝負の3週間」の期限となる時期をめどに、現在の対策の効果を分析する必要があるとして、感染が急速に拡大している「ステージ3」にあたる地域での感染状況を、(1)「拡大が継続」(2)「高止まりの状態」(3)「減少」の3つの場合に分けて、今後政府や自治体が行うべき対策をまとめた。この中で、「拡大が継続」か「高止まり」の場合には、「GoToトラベル」の対象地域から外すことや、飲食店の営業時間を午後8時までにすることを検討すべきなどとした提言をまとめた。特に、一番深刻な「拡大が継続」の場合は、(1)飲食店への営業時間の短縮要請を強化する。(2)県を越える移動の自粛。(3)不要不急の外出自粛の要請が必要。としている。このほか、分科会は忘年会や新年会、帰省など、人が集まる機会が多い年末年始の対策についての提言も出した。感染が急拡大している「ステージ3」にあたる地域では、忘年会や新年会はオンラインでの開催や、大人数の場合は実施を見送ること、帰省は延期も含めて慎重に検討するなどの対応を求めた。分科会の尾身茂会長は、記者会見で、「『勝負の3週間』と銘打って、かなり強い対策を3週間しているにもかかわらず、高止まりの状況になっている地域があります。感染が高止まりしているということは、対策の効果が不十分ということです。さらなる対策の強化が必要です」と、感染拡大が抑えられない現状に危機感をあらわにした。尾身氏は分科会では、「地方と国で一体感がない」「国は、地方公共団体が迅速な決定が行えるよう後押ししていただきたい」などとする「強い意見」が出たとも説明。地方自治体に比べ政府の取り組みが鈍いことへの不満をにじませたのだった。菅首相「経済の火は消さない」小池知事「国と都は違う」こうしたなか、焦点の人物、菅義偉首相が15時、インターネット動画中継サイト「ニコニコ生放送」に生出演し、GoToトラベルについて語った。政治ジャーナリストで評論家の鈴木哲夫氏が、「東京都の感染者が602人を超えました。GoToトラベルを一時停止したらという声が出ていますが」と聞くと、菅首相は、「(GoToトラベルの一時停止は)まだそこは考えていません。検討にも入っていません」とはっきり否定した。そして、その理由について、「(かつて)専門家の分科会でGoToトラベルの人の移動については、感染拡大との関連が低いという意見をいただいている。ブレーキとアクセルを同時に踏み続けているという批判を受けているが、経済活動の火を消すと本当に困る人が多く出て、大変なことになるという気持ちでやっている。経済を緩めるわけにはいかない」と、経済活動優先の立場を鮮明にした。そのうえで、今後の対応ついては、こう説明した。「これ以上の感染拡大を阻止したい。西村康稔経済再生担当大臣を中心にそれぞれの首長とこれから調整する。2、3日で調整し、次の対策を進めると思っている。ただ、私たちも今年2月以来、いろいろと学んだ。それは飲食が感染拡大に影響しているということだ」と、むしろ飲食店が感染拡大の元凶になっていると指摘したのだった。「東京都や札幌市、愛知県などでも飲食店への時短要請を行っている」と語り、批判の矛先をGoToトラベルから飲食店に向けた形のコメントに終始した。分科会提言に冷ややかな小池百合子都知事(12月11日の日本テレビ速報より)東京都の小池百合子知事も14時から記者会見に臨んだ。こちらも「GoToトラベルの停止」という提言については、にべもない態度だった。「(政府の分科会がいう)ステージ3の基準は、東京都の基準と色々な項目で違っており、東京都は東京都の基準で対応していく。政府の分科会ですから、政府のほうで対応していただきたい。医療体制はひっ迫していますが、危機のレベルは先週と同じという認識です」と述べ、分科会の提言などまるで相手にしないという姿勢を示した。医療専門家「やってますよ感だけの政治的駆け引き」必死でGoToトラベル停止を訴えた尾身茂会長菅首相と小池都知事の双方とも、尾身茂会長らの危機感とは遠く隔たっていたわけだが、12月11日に放送されたテレビの情報番組に出演した医療の専門家たちからは厳しい批判が相次いでいる。日本テレビ系「スッキリ」では、日本感染症学会専門医の佐藤昭裕医師がこう指摘した。「これだけ(感染者が)増えてしまったが、しっかり対策をとれば減らせる。GoToトラベルは、今は間違いなく、推奨するべきではありません」テレビ朝日系「モーニングショー」では、厚生労働省の感染症対策助言組織「アドバイザリーボード」の釜萢敏(かまやち・さとし)委員(感染症専門医)が、「GoToはもう一段抑制をかけていただきたい。データでは若い人の移動で感染が広がっており、65歳以上が動いて広がっているのではない」と指摘。武藤香織委員(東京大学医科学研究所教授)も、「年末年始に相当おとなしく過ごしてもらわないと、年明け後、今より悪い医療体制になりそうだ」と述べた。日本医科大学の北村義浩特任教授は、「これまでは専門家はマイルドに話していたが、今は対策が不十分だと言っている。最悪のシナリオは(コロナ以外の患者の)脳梗塞や心筋梗塞が診てもらえなくなる状況だ」と危機感をあらわにした。また、政府の分科会が「ステージ3」を「感染拡大継続」「感染高止まり」「感染減少」の3つに細分化する提言が出したことについて、北村特任教授は、「ステージの分け方が破綻していることの表れだ。苦肉の策の手直し。ガラッと大幅に変えてもいいのではないか」と指摘した。日本テレビ系「ミヤネ屋」では、岩田健太郎・神戸大学大学院教授が、菅首相と小池都知事が「高齢者と基礎疾患を持つ人の自粛要請」でお茶を濁したことについて、こう痛烈に批判した。「やってますよ感だけの政治的駆け引き、妥協です。感染を広げているのは20代から40代の若い人たちですから、科学的な感染拡大防止対策と真逆のやり方です。若い人たちの移動をまず抑えるのが先決です」(福田和郎)
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