2021年 3月 8日 (月)

台湾のコロナ封じ込めの立役者オードリー・タンの評伝

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中学を中退し、プログラミングの道へ

   台湾の中学校に入ったタンは、校長の特別な計らいで、定期的に試験を受けて成績が記録できれば、毎日学校に来なくてもいい許可をもらった。登校しない日は家のすぐ近くにある国立政治大学に行き、先生の同意をもらって講義に出た。

   インターネットの成長期にあたり、タンも年長の早熟な天才たちと出会った。刺激を受け、全国科学展で1位、全国中学数学コンテストでも銅メダルを獲得、名門高校に推薦入学できる可能性が高まった。だが、高校には進学しない決断をした。

「科学者は世界中に何十万人といて、自分がその道を進んでも、数十万人の1人にしかならない。でもITの道に進めば、自分はパイオニアになれる」

   14歳で中学校を中退。プログラミング言語Perlのコミュニティに入った。16歳で検索ソフトを開発、会社の技術ディレクター、株主、共同経営者になった。会社の方向性で意見が合わず、別の会社に入った。Perl6の多国籍のオンラインコミュニティに参加、2年間の世界ツアーに出た。日本、オーストラリア、エストニア......と20都市を訪れ、プログラミング界の有名人になった。

   アメリカのSocialtextに入社、創業メンバーとなった。台湾にいながらリモートで仕事をした。平等性、開放性、専門性、効率性を兼ね備えた理想の職場環境だった。

   4年後に会社を売却。普通なら次のスタートアップをするところだが、タンは違った。

「今こそ公共の利益のために身を投じるべきときだ。今後の時間をそのことに捧げよう」

   幼いころから現在まで独学を続け、ネット上で無料で提供される素材の恩恵を受けてきた。その恩返しをしよう。中国語辞典をデジタル化し、無料で開放する公益プロジェクト「萌典」として結実した。

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