2024年 4月 18日 (木)

CO2ゼロ実現のため、菅政権は「安全最優先」で原発を動かす【震災10年 いま再び電力を問う】(鷲尾香一)

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   2011年3月11日の東日本大震災発生から10年が経過する。この震災で水素爆発などを起こした東京電力・福島第一原子力発電所の事故処理は、未だに遅々として進んでいない。

   そんな状況のなか、原子力発電所の政策は大きな岐路を迎えている。

  • 福島第一原子力発電所の事故から10年が経つ
    福島第一原子力発電所の事故から10年が経つ
  • 福島第一原子力発電所の事故から10年が経つ

政府はいつの間にか「原発の再稼働」を決定していた

   「安全最優先で原子力政策を進める」――。2020年10月26日、臨時国会冒頭の所信表明演説で菅義偉首相はこう述べた。

   菅首相はこの所信表明で「2050年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする」と高らかに宣言。その具体的な方針として、

「省エネルギーを徹底し、再生可能エネルギーを最大限導入するとともに、『安全最優先で原子力政策を進める』ことで、安定的なエネルギー供給を確立します。長年続けてきた石炭火力発電に対する政策を抜本的に転換します」

と打ち出したのだ。

   12月26日には菅首相のCO2ゼロ宣言を実現するため、経済産業省を中心として作成された政府の「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」が公表された。この戦略の中で、政府は原子力について、「確立した脱炭素技術である。可能な限り依存度を低減しつつも、安全性向上を図り、引き続き最大限活用していく。安全最優先での再稼働を進めるとともに、安全性に優れた次世代炉の開発を行っていくことが必要である」と明記している。

   つまり、政府は国民の意見を聞くこともなく、いつの間にか「原発の再稼働」と「原子力発電所の新設」を決定していたのだ。

   東日本大震災による福島第一原発事故以前、国内では54基の原発が稼働していた。国内の総発電量の約25%が原発により生み出されていた。しかし、東日本大震災の発生ですべての原発が稼働を停止した。

   現在の国内原発の状況は以下のとおり。

再稼動 9基
原子力規制委員会審査に適合し稼働待ち 7基
原子力規制委員会の審査中 11基
原子力規制委員会の審査未申請 9基
廃炉決定または検討中 24基

   原発を再稼働するためには、原子力規制委員会の規制基準に適合することが条件となっている。現在の原子力規制委員会による審査に適合した9基が再稼働できる状況にあるが、実際に稼働しているのは3基に過ぎない。地元自治体の合意を受けられず、停止中の原発が6基ある。審査に適合しても、地元自治体の合意を得て再稼働するまでには5年近い期間が必要となっている。

   日本原子力文化財団の2019年度の世論調査(2019年10月)では、「原子力発電を増やしていくべきだ」2.0%、「東日本大震災以前の原子力発電の状況を維持していくべきだ」9.3%、「原子力発電をしばらく利用するが、徐々に廃止していくべきだ」49.4%、「原子力発電は即時、廃止すべきだ」11.2%となっており、原発廃止の支持が半数以上となっている。

   まるで、こうした国民の意思をあたかも無視するように、成長戦略では、「原発を再稼働し、次世代炉を開発したうえで最大限活用する」ことが盛り込まれている。

2050年「グリーン成長戦略」のシナリオ

   では、グリーン成長戦略は2050年の発電状況を、どのように予測しているのだろうか――。

   2050年、電力需要は現在より30~50%増加し、約1.3~1.5兆kWh (キロワットアワー)になると予測している。

   これは産業・運輸・家庭部門などさまざまな部門で電化が進み、電力需要が増加するためだ。たとえば、ガソリン自動車を削減して電気自動車を普及させれば、二酸化炭素(CO2)を発生するガソリンの使用量は減少するが、それに比例して電力が必要になる。説明されれば、CO2の削減=電力の増加というのは小学生でもわかる構図だ。

   したがって、菅首相が目指す「2050年までに温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする」という目標を実現するためには、発電量の増加とともに発電部門で化石燃料を使う火力発電などを減少させCO2を削減することを両立させる必要がある。

   その方策についてグリーン成長戦略では、「すべての電力需要を100%再生可能エネルギー(再エネ)で賄うことは困難と考えることが現実的」としている。そして、具体策として打ち出しているのが、「発電量の約50~60%を再エネ、10%程度を水素・アンモニア発電、30~40%程度を原子力とCO2回収前提の火力発電」としている。

   原発の発電能力が1基1GW=ギガワット(100万kW=キロワット)という前提で、設備利用率を通常時の70%と仮定した場合、2050年に原子力とCO2回収前提の火力発電で30~40%程度の電力を賄うためには、原発は64基から98基(「2050年 カーボンニュートラルの実現に向けた検討」2020年12月21日 資源エネルギー庁)が必要となる。

   CO2回収前提の火力発電は世界中を見ても、先行しているカナダですら120MW=メガワット(1MW=1000kW)にとどまっている。結果的には、2050年に原子力とCO2回収前提の火力発電で30~40%程度の電力を賄うためには、そのほとんどは「原発に頼らざるを得なくなる」だろう。

   現状の原発による発電量は全体の6%程度にとどまっている。これは1970年代半ばと同じ水準だ。原子炉等規制法では「原発の運転期間は原則40年」と定められている。現在国内にある原発は、運転期間を40年とすれば2050年には3基しか残らない。

   ただし、原子力規制委員会の審査により運転期間の延長が最長60年間まで認められている。仮にすべての原発が60年間の運転延長が認められたとしても、2050年に稼働している原発はわずか10基程度にとどまり、増加する電力需要に対して、その発電量は10%未満となりそうだ。

   こうした予測を見れば、菅首相は自らが目標として打ち出した「2050年までに温暖化ガス排出量をゼロ」を実現するためには、原発の再稼動はもとより、原発の新設が必要なことは重々わかっていたはずだ。

   そうなると、グリーン成長戦略の「(原子力発電ついて)可能な限り依存度を低減しつつも」とは、正確に記すならば、「2050年には、原発を現在よりも大幅に新設せざるを得ないが、それでも原発依存度は可能な限り低減する」ということになる。

廃炉でも再稼働でも新設でも、費用は国民が負担する

   しかし、問題はそれだけではない。たとえば、東京電力によると福島第一原発の事故処理費用は21兆5000億円と見積もられている。東日本大震災以降、原発を再稼動させるために必要な安全対策を実施するための費用は、原発1基あたり約2200億円が必要となる。

   こうした費用は、回りまわって国民(利用者)負担となる。原発を新設すれば、その分のコストが上乗せされ、安全対策費も合わせた発電コストは上昇し、高止まりすることになる。繰り返すが、これを負担するのは結局のところ、国民(利用者)なのだ。

   2021年2月13日に発生した福島沖地震で、福島第一原発の1号機と3号機の原子炉格納容器で水位の低下が起き、大きな問題となっている。東日本大震災から10年経っても、こんな状況が続いている。

帰還困難区域にある住宅
帰還困難区域にある住宅

   菅首相はこうした国民の不安をよそに、自ら打ち出した「2050年までに温暖化ガス排出量をゼロ」を実現するためには、原発の再稼動はもとより、原発の新設が必要なことを知りながら、こうした状況を明らかにすることもなく、説明することもなく、グリーン成長戦略に動き出している。

   たしかに「温暖化ガス排出量ゼロ」は世界的な流れでもあり、日本としても取り組むべき課題だろう。だが、その実現にあたって電力需要を確保するために、原発の活用(再稼動と新設)が必要不可欠となれば、菅首相は国民に対して説明義務を果たし、国民の声を真摯に聞くべきではないのか。(鷲尾香一)

鷲尾香一(わしお・きょういち)
鷲尾香一(わしお・こういち)
経済ジャーナリスト
元ロイター通信編集委員。外国為替、債券、短期金融、株式の各市場を担当後、財務省、経済産業省、国土交通省、金融庁、検察庁、日本銀行、東京証券取引所などを担当。マクロ経済政策から企業ニュース、政治問題から社会問題まで、さまざまな分野で取材。執筆活動を行っている。
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