2024年 3月 29日 (金)

福島の「ゼロエフ」はどこにある? 出身作家が360キロ歩いたノンフィクション

   未曽有の放射線災害事故を引き起こした東京電力 福島第一原子力発電所を地元では、「イチエフ」と呼んだことは、事故後よく知られるようになった。同様に福島第二原発は「ニエフ」と呼ばれた。それでは、本書「ゼロエフ」とは何か?

   福島県出身の作家、古川日出男さんが、福島県の中通りと浜通りの360キロメートルを歩いて縦断したノンフィクションのタイトルは、さまざまな想像をかき立てる。

「ゼロエフ」(古川日出男著)講談社
  • 「ゼロエフ」はどこに……(写真は、海から見た福島第一原子力発電所)
    「ゼロエフ」はどこに……(写真は、海から見た福島第一原子力発電所)
  • 「ゼロエフ」はどこに……(写真は、海から見た福島第一原子力発電所)

シイタケ農家を継いだ兄の思い

   古川日出男さんは、1966年福島県郡山市生まれ。早稲田大学文学部中退。98年「13」で小説家デビュー。「アラビアの夜の種族」で日本推理作家協会賞・日本SF大賞、「LOVE」で三島由紀夫賞、「女たち三百人の裏切りの書」で野間文芸新人賞・読売文学賞をそれぞれ受賞。本書が初のノンフィクション作品だ。

   第一部「福島のちいさな森」、第二部「4号線と6号線」、第三部「国家・ゼロエフ・浄土」の三部構成になっている。ベースには2020年7月から8月にかけて、福島県内を歩いた体験があり、いろいろシャッフルして書かれている。  54歳の作家が一人で幹線道路を歩くのは交通事故の危険もあり、二人の若者が協力者として付き添い、隊列を組んだ。NHKの取材スタッフも随時同行した。

   古川さんの実家はシイタケ農家で、兄が家業を継いでいた。放射線事故の影響を受けたことは知っていたが、話を聞くことはできなかった。18歳で福島を出た古川さんには、「福島を捨てたかった」過去の苦い思いがあった。

   本書には、福島県内のさまざまな人が登場するが、著者が初めて家族と向き合った古川家の「物語」が導入部に置かれ、読ませる。2020年1月、兄への取材から始まる。

   シイタケ栽培には、露地栽培の原木シイタケとハウス栽培の菌床シイタケがある。古川家では菌床シイタケのみに転換していた。2011年4月、福島県内の多くで露地栽培シイタケが出荷停止になった。古川家の菌床シイタケは出荷できるが、売れなくなった。産地忌避が起きて、福島県産品は東京のスーパーの売り場には出回らなかった。

   古川さんの兄は地元で売っていたが、茸類の売り場は閑散としていたという。「福島県の人間も、それを――放射能汚染の代名詞である恐ろしいシイタケ等を――買い控えた。経済的被害は、激烈だった」。

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