2021年3月、多くの大学で卒業式が行われて、卒業生たちが巣立っていった。それぞれの大学の学長・総長たちが、社会の荒波に飛び込んでいった教え子たちに激励のエールを贈った。
ビートたけしさんの言葉、中島みゆきさんの歌、渋沢栄一や赤毛のアンのエピソード......。そして、女性差別への憤りや、コロナ禍だからこそ、どう社会と向き合っていくか、教え子たちを思う熱情にあふれていた。
J‐CASTニュース会社ウォッチ編集部が、独断で選んでみた。
京都大総長「赤毛のアンの底抜けに明るい楽観主義で」
やわらかい話題からかみ砕くように、人生の荒海に漕ぎ出しいく卒業生にエールを送る学長・総長が多かった。
京都大学の湊長博(みなと・ながひろ)総長は、児童文学の世界的なベストセラー『赤毛のアン』の一節を卒業生たちに贈った。
「100年以上前にカナダのルーシー・モード・モンゴメリーが書いた『赤毛のアン』という小説があります。世界で最もよく読まれた児童文学と言われておりますが、私は子どもよりむしろ現代の大人たちこそが読むべき本だと思っています。みなさんには、ぜひ原著を英語で読むことをお勧めします。最も有名なのは、主人公アン・シャーリーの子ども時代を描いた部分ですが、アンがちょうど今のみなさんと同様に学校を卒業して小学校の先生になった時代の第38章 『The Bend in the Road』(道の曲がり角)の中にこんなくだりがあります」
と言って、湊さんは原著の個所を読み上げた。
「『I love bended roads. You never know what may be around next bend in the roads.』。私は曲がり角のある道が大好きだ。次の角を曲がったらどんな景色なのか、いったいどんな人と出会うのか、どんな思いがけない出来事が待っているか、ワクワクする、といったところでしょう。この小説の底流に一貫しているのは、人生と自然への尽きない好奇心と底抜けに明るい楽観主義です。主人公の自己形成の過程を描く教養小説、文字通りのBildungsroman(ビルドゥングスロマン)の傑作だと私は思います。そしてアン・シャーリーのような底抜けに明るい楽観主義を備えた、健全な市民(シチズン)として、力強く羽ばたいていただくことを心から期待をしています」
歴史上の著名人の言葉を紹介する人は多いが、大阪府立大学の辰巳砂昌弘(たつみさご・まさひろ)学長は、著名人は著名人でも、あのビートたけしさんの言葉で卒業生を励ました。
「新しい世界に羽ばたいてゆくみなさんに、二つお願いがあります。一つは素直であること、もう一つは人との出会いを大切にすることです。あの北野武さんが言っていました。『料理人に会ったら料理のこと、運転手に会ったらクルマのこと、坊さんに会ったらあの世のことでも何でも、知ったかぶりせずに素直な気持ちで聞いてみたらいい。自慢話なんかしているより、ずっと世界が広がるし、何より場が楽しくなる』と。素直な心で、他人の意見を一旦受け入れることで、人は成長していけると私は思っています」
立教大総長「いまこそ中島みゆきの『時代』です」
歌で送る人も多かった。
東海大学の山田清志学長は、英語でスピーチしたが、その中で紹介したのがサイモン&ガーファンクルの大ヒット曲「Bridge Over Troubled Water」(明日に架ける橋)の歌詞だった。
When you're weary
Feeling small When tears are in your eyes
I will dry them all
I'm on your side
もし君が疲れ果てて
ちっぽけに感じて
涙が溢れてくるときは
僕がそれを拭い去ってあげよう
僕は君の味方さ
そして、こうエールを送ったのだった。
「この曲を通して、東海大学はいつもあなたの側にいて、あなたと一緒に歩いていることを伝えたいと思います。そして、本学がブランドメッセージとして掲げている『Think Ahead, Act for Humanity』を忘れないでください」
立教大学の郭洋春(カク・ヤンチュン)総長は、中島みゆきさんのヒットソングの歌詞を卒業生に贈った。
「みなさんのコロナのつらい思いを受け止め、最大限の祝福をするかのように、(キャンパス内の)チャニング・ムーア・ウィリアムズ主教像の横に咲いている木をご存知でしょうか。一見すると早咲きの桜のように見えますが、じつはアーモンドの木です。アーモンドはヘブライ語で『シャーカド』と言い、眠らないで目を覚ましていること、見張っていることなどを意味し、冬の休眠の後、真っ先に花を咲かせる木の一つです。それゆえ『よみがえりの命の初穂』の象徴なのです。まさにアーモンドは、コロナ禍であっても必ずや元の生活を取り戻すべく蘇らせてくれる希望の木なのです。ですから、みなさんも希望を信じ、4月からの新たな人生を送ってください」
そして、郭さんはこう続けた。
「みなさんに、私は一つの歌を贈ります。この歌は私が中学校を卒業した頃に流行(はや)っていた歌ですが、今の時代にこそ相応しい歌だと思います。 今はこんなに悲しくて 涙も枯れ果てて
もう二度と笑顔には なれそうもないけど
そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ
あんな時代もあったねと きっと笑って話せるわ
だから今日はくよくよしないで 今日の風に吹かれましょう...
そう、この歌は中島みゆきさんの『時代』です。この歌は1975年に中島みゆきさん自身によって発表され、『日本の歌百選』にも選ばれている歌です。どうかみなさんが創る社会では、対立よりは協調を、叱責よりは宥恕を、妬みよりは礼賛が尊ばれる社会を、そして何より『ともに生きる』ことを理想とする社会を創って下さい。それこそが校歌に謳われている『愛の魂、正義の心』の実践にほかなりません。Glory to your future!(あなたの未来に栄光あれ)」
信州大学長「渋沢栄一の『本質直観力』を持て」
福山市立大学の田丸敏高学長は、「和歌」を贈った。
「みなさんの卒業をお祝いする言葉を探しているとき、ある歌が浮かんできました。
暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき はるかに照らせ 山の端の月
平安時代の歌人・和泉式部が詠んだ歌です。この1年を振り返ったとき、私はこの歌に共感を覚えます」
新型コロナウイルスのの感染拡大によって、福山市立大学でもオンライン授業で学業を続けてきた。まさに「暗きより 暗き道にぞ 入りぬべき」という苦戦・苦労の連続だったわけだ。田丸さんはこう続けた。
「平安時代も疫病や震災が続き、暗き道を感じざる得ないことは同様だったのでしょう。それでも、山の端(はし)に見える月を頼りに人生を歩んでいこうとする姿に私は強い感銘を受けます。さて、大学にとって月とは何でしょうか。それは学問に裏付けられた真理(truth)です。みなさんは、児童教育学あるいは都市経営学という学問に裏付けられた真理を追究してきました。真理は暗き道を月のように照らしてくれる存在です」
田丸さんは、さらに「太陽は何か」と続けた。
「では、どうして月は明るく照らすことができるのでしょうか。それは太陽があるからです。では、太陽は何であると考えられるでしょうか。それはみなさんご自身のことです。みなさんが輝いてこそ、学問も意味を持つことができます。苦難の時も自らの輝きに対して自信を持って人生を歩んでください」
今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」の主人公、渋沢栄一を取りあげた学長も何人かいた。信州大学の濱田州博(はまだ・くにひろ)学長はこう語った。
「大河ドラマのタイトル『青天を衝け』は、渋沢栄一自身が18歳の時に現在の長野県佐久市にある内山峡で詠んだ漢詩の一節に由来しています。漢詩には、渓谷美に感動した様子と、非常に困難な時代を切り開こうとする心意気が見て取れます。渋沢について3点、みなさんに紹介したいと思います。1点目は『本質直感力』です。渋沢は瞬時に物事の本質を捉える力が優れていました。みなさんも既成概念にとらわれずにものを見る力、本質直感力を鍛えて下さい。
2点目は『逆境力』です。渋沢は『逆境というのは必ずあるものだから、まずはそれが人為的な逆境なのか、自然的な逆境なのかを区別しよう』と助言しています。自然的な逆境の場合には、耐えていく中で逆境力を鍛えて下さい。3点目は『知・情・意のバランス』です。『知』は知性や判断力、『情』は人に対する思いやり、『意』はこれをやり遂げるのだという意志です。知・情・意がバランスよく発達している人が常識のある人間と言っています。ぜひ知・情・意のバランスを大切にして下さい」
大阪樟蔭女子大学の北尾悟学長は、女子学生を前に渋沢栄一のあまり女性向けとは思えない言葉で激励した。
「渋沢栄一の言葉に『四十、五十は洟(はな)垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ』があります。人生100年時代、これからの世の中、前とは異なる新常態に出くわす局面となった時、違和感を覚えることもあるでしょう。違和感は正常な感覚ですが、何に違和感を持ったのか、社会人になっても学問を続けて明らかにして、前向きに人生を歩んで下さい。この姿勢が、内面の美しさを形づくります。まさしく本学のグランドデザイン『美beautiful(知性・情操・品性)を通して社会に貢献する』につながります。ひとりひとりが美しい花を咲かせてください」
ちなみに渋沢栄一は91歳で亡くなるまで、財界活動と社会福祉活動を続けている。
(福田和郎)