2022年1月3日(現地時間)の米国株式市場で、米アップルの時価総額が一時、3兆ドル(約340兆円)を超えた。大台超えは世界の上場企業で史上初の快挙だ。
日本の一部上場企業約2200社の時価総額の半分を、たった1社で稼いだことになる。まさに巨象の周りに群がるアリの群れのような日本企業のありさまだが、この巨象に世界経済が振り回されることにならないか。
メディアの報道とエコノミストたちの分析を読み解くと――。
ウォール街の常識に真っ向挑戦のアップル
2022年1月3日(日本時間1月4日)、アップルの「3兆ドル突破!」というビッグニュースが流れると、生き馬の目を抜く海千山千の猛者が集まるニューヨーク・ウォール街のエコノミストたちも、米メディアに驚嘆のコメントを発表した。
ウィンスロー・キャピタル・マネジメントの共同ポートフォリオマネジャー、パトリック・バートン氏(ブルームバーグ通信)。
「3兆ドルの時価総額を目にするとは考えもしなかった。アップルの今後5年から10年の可能性を物語る」「安定したiPhone(アイフォーン)のフランチャイズ、サービスと新製品両方から成長の推進力が存在する状況」
ロイター通信の経済コラムニスト、リチャード・ビールス氏(同通信コラムに)。
「米アップルの時価総額が41カ月で1兆ドルから3兆ドルに拡大した。これほど成長し、多大なリスクがあるにもかかわらず、ティム・クック氏率いる巨大テック企業は、大数の法則(試行回数を増やすに従い結果が理論値に近づく現象)をかわし続ける可能性がある」「次の目標は4兆ドルだろうか」
コメントにある「大数の法則」とは、確率論・統計学の基本定理の1つ。たとえば、サイコロを振るなど試行回数を増やすに従って、結果が理論値に近づく現象を指す。株式市場の予想にも使われている。アップルの快挙は、このウォール街の常識に真っ向から挑戦する現象だというわけだ。
また、各報道によると、アップルの直近年度の売上高は3660億ドルで、イスラエルや香港のGDP(国内総生産)に相当する、という驚きの数字とともに報じられている。
ちなみに、GDP(国内総生産)が3兆ドルを超えているのは、アメリカ、中国、日本、ドイツだから、まるでそのうちドイツや日本のGDPまで抜くかもしれない、と言わんばかりの勢いだ。
2025年には電気自動車「アップル・カー」が走る?
さて、「3兆ドル」の大台超えは、米国はもちろん、世界の上場企業で初となる。1社だけで東京証券取引所1部に上場する企業全体(2185社、2022年1月5日現在)の時価総額約734兆円(2021年12月末現在)の半分に迫り、トヨタ自動車の約10倍だ。
その背景には、主力のスマートフォンやワイヤレスイヤホンなどの販売が好調で、コロナ禍でも堅調な業績を保ってきたことが挙げられる。それにくわえ、電気自動車(EV)の分野にも参入し、2025年には「アップル・カー」が走るのではという観測が流れている。
また、「メタバース」と呼ばれるコンピュータネットワークの中に構築された3次元の仮想空間や、そのサービス関連の分野にも参入するのではと噂され、2023年初頭には新製品が発売されるという観測ともあいまって、成長期待が高まっているのだ。
アップルの株価は、昨年(2021年)1年間で約33%値上がりした。アップルの時価総額は2018年8月に米企業として初めて1兆ドルを突破。2年後の2020年8月には、2兆ドルの大台を超えた。3兆ドルには2兆ドル達成から約1年4か月で到達しており、驚異的な増加ペースだ。
一方、グーグルの持ち株会社アルファベットも、昨年1年間で株価が65%上昇した。そのほか、マイクロソフトも51%上昇するなど、巨大IT企業に投資資金が集中する状況が鮮明になっている。
現在、アップル、マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、アルファベット、テスラ、メタ(旧称:Facebook)のハイテク6社の時価総額合計は、米国株式市場の最優秀企業である「S&P500」構成銘柄全体の25%を超えているありさまだ。
投資マネーが巨大ITに集中するリスク
こうした巨大IT企業に資金が集中する状況は、世界経済にどんな影響を与えるのだろうか。
日本経済新聞(1月4日付)が「社説:3兆ドル企業アップルの衝撃」で、「投資マネーが一部の巨大テック銘柄に集中しすぎて、市場が不安定になるリスクに留意したい」と警鐘を鳴らしている。
「マクロ的には米金融の量的緩和の縮小が進む中で、同社やマイクロソフト、アマゾン・ドット・コムなど巨大テックに投資が集中する点が気になる。中でもアップルの株価は他のテック株の動向に影響し、相場全体の水準を左右する。スマホ市場の成長の限界が意識される中で、アップルが今までのような成長路線を維持できるか、注視する必要がある」
専門家たちはアップルの快挙をどう見ているのだろうか。
1月4日付日本経済新聞のミニ解説コーナーの「Think!」欄では、独立系投資会社「リブライトパートナーズ」の代表パートナー蛯原健氏が、投資家の立場からこう述べている。
「規模もさることながらそのスピードが問題。2年強で1兆ドルから2兆ドルとなっただけでも驚異的だが、そこから1兆ドル上乗せし3兆ドルになるのにたったの1年強である」「(その背景には)リスキーなハイパーグロース銘柄(※1)から、より収益性のヘルシーな株式へと質への逃避が進んでいる事や、インフレの加速によるLVMH(※2)株価の好調に象徴されるようにブランド品が総じて好調である事にもよる」
(※1)成長率が極めて高い銘柄。
(※2)パリを本拠地とする世界最大のファッション業界大手企業体。
また同欄で、日本経済新聞社編集委員の滝田洋一記者は、「米国のハイテク株の独り勝ちが際立ちます」としたうえで、
「さらに、一時もてはやされながら、急失速した企業には、(1)恒大EV、(2)アリババ健康IT、(3)ペロトン(オンラインフィトネス)、(4)拼多多(EC)、(5)ビリビリ(ゲーム)、(6)ズーム、(7)ピンタレスト(SNS)、(8)百度、(9)ソフトバンクG、(10)ローク(ストリーミング)が。(1)(2)(4)(5)(6)(8)が中国勢なのは、(バイデン)政権の締め付け強化の結果でしょう」
と、バイデン政権の対中国政策も背景にあると指摘している。
ヤフーニュースのヤフコメ欄では、日本総合研究所調査部マクロ経済研究センター所長の石川智久氏が、日本企業の奮起をこう期待した。
「日本の東証一部の時価総額が730兆円ですので、アップル1社でその半分弱となります。GAFAMとテスラを加えれば日本の東証一部の時価総額を抜いてしまいます。もちろん、バブルではないか?という懸念もあるのですが、それだけ未来に対して夢とビジョンを提示できているのは素直に評価したいところです。日本企業も未来のビジョンを提示していく必要があります」
アップルの2022年第1四半期(20年10~12月期)決算の発表は、1月下旬に控えている。市場の予想では、売上高伸び率は5四半期ぶりに1ケタ台にとどまるといわれる。世界的な半導体不足が影を落としているからだ。しかし、そこはティム・クック最高経営責任者(CEO)の手腕が問われる局面。割高な水準にある株式市場の期待にどう応えるのか。仮に、驚異的な決算数字が発表されれば、さらにアップルの時価総額が上がるかもしれない。
(福田和郎)