【新連載】コロナ禍で何が変わったのか? 求められるのは「社会の変化にスピーディに対応できる」学びの環境 寺田佳子さんに聞く(前編)

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   コロナ禍で、「できるヒト」のイメージが変わりつつあります。これからの企業で活躍するのは、どのような人材なのか? 企業はどのようにして、期待する人材を育成すればよいのか?

   「これからのできるヒト」を育てるための学びの手法を、日本イーラーニングコンソシアム理事でインストラクショナルデザイナーの寺田佳子(てらだ・よしこ)さんに聞きました。

コロナ禍は社員研修の黒船?!

――コロナ禍で会社の何が変わったのでしょう。

寺田佳子さん「新型コロナウイルスの影響による社員研修の急激なオンライン化は、人材育成の世界における一種の『黒船』みたいなものだったのかな、と感じています。これまで、早く人材育成のICT化を進めなければいけないと思いつつも、伝統的な研修スタイルからなかなか抜け出せずに悶々としていた企業も、コロナ禍という黒船が突然現れ、右往左往しながらも、一気にオンラインへの扉を開けざるを得なくなったといった、そんな状況でした。日本は歴史的に見ても、海の向こうからやってくる大きな危機みたいなものがないと、社会構造がドラスティックに変わるのが難しいところがあると思うのですが、今回のコロナ禍は、人材育成のICT化、DXの扉をこじあける引き金になったと思います。
また、米国のオバマ元大統領がATD(The Association for Talent Development米国能力開発機構)の2018年の総会で『産業革命からの250年よりこれからの30年のほうが、さらに大きな変化がおこる』と語ったように、変化のスピードはますます加速し、そのような変化に対応できる人材を、変化を先どりして育成しなくてはならない時代に突入したとも言えます。コロナ禍をきっかけとしたこうした変化は、社員研修の構造改革、スピード化を促す要因になったことは間違いありません」

――なるほど。マネジメントや働き方の変化が、コロナ禍によってスピードアップしたということですが、もう少し具体的にお話しいただけますか。

寺田さん「私が所属している日本イーラーニングコンソシアムが2020年秋、約100社を対象に実施した『企業内研修およびHR(人的資源)業務のICT化、DX推進に関する実態調査』アンケートで、『コロナを契機に研修の実施方法に変化があったか?』と尋ねたところ、9割以上の企業が『変化があった』と答えていました。さらにコロナ禍終息後については、75%の企業が『コロナ禍で変化した新しいスタイルを今後も維持する』と予想しています。始まりはドタバタでしたが、経験してみて初めて対面研修にはない利便性や効果を実感し、オンラインでの学びの魅力を肯定的に受け入れている企業がとても多いことがわかりました。これからは、オンライン研修と対面研修、オンラインの中でもライブ型とオンデマンド型といった、多様なスタイルの研修を学習する人(社員)に適したブレンドで提供するハイブリッド型の研修が進化すると思います」

――コロナ禍で研修の環境は大きく変わりましたが、『学び方』や『教え方』にも変化はあったのでしょうか。

寺田さん「2020年4月に緊急事態宣言が出され、ちょうど新人研修の時期だったこともあり、取り急ぎZOOMなどの会議システムを使って動画を配信するところから始めたケースが多かったですね。
ただ、オンラインで配信し、デジタルツールを使って学んではいても、教え方は対面研修とまったく変わらず、講師が話している姿をそのまま動画で流すというスタイルで、教えるほうも学ぶほうも、「これなら、やっぱり実際の対面研修のほうがモチベーションがあがる」という事例も多かったようです。こうした失敗経験も踏まえた社員研修の真のDXの進化はこれからだと思います」

オンライン化で実現する「一人ひとりに最適な学習環境」

――社員研修や人材育成が、これから大きく変わるということですね。アフターコロナでは、人事や教育・研修担当者の役割はどのようになるのでしょう。

寺田さん「そうですね。人事や教育研修担当者の方々も、『この変化が加速することはわかる。だけど、なにから始めたらいいんだろう』と悩んでいるというのが本音だと思います。大勢の受講者を前に講師が一方的にレクチャーをする、いわゆる学校スタイルの研修は、マニュアル化された作業を、一定のクオリティと効率でこなすことができるステレオタイプの人材をたくさん育成するのに適した、いわば工業化社会のニーズに応えた教え方です。しかし今は、一人ひとりの好みや能力や実績が詳細なデータで把握することができる情報化社会です。
おそらく今後は、ホワイトカラーの単純間接業務、つまりマニュアル化された仕事は、AIやロボットがヒトに替わって、ヒトよりもっと早く正確に行うようになるでしょう。そんな時代に、ヒトに求められるのは、過去のデータや情報リソースに基づいた分析能力の上をいく、クリエイティブで、芸術的で、感性豊かでな多様な発想力になるはずです。そうした『リアルスキル』を育てるために、まず必要なのが、『学びの好奇心』です。『面白そう!』『不思議だ!』『知りたい!』という感情を豊かに育むチャンスを与え、失敗も含めさまざまな可能性にチャレンジして、経験から学んでいく、そんな学び方を学ぶ機会をつくることです。『教えること、訓練すること』から『一人ひとりの好奇心とやる気を大事に育てる』ような学習環境、学習システムを構築することへと、人事や教育研修担当者の役割は変わっていくはずです」

――一人ひとりの好奇心や能力に応じた学習環境というと、学校スタイルの対面研修だけでは難しいですよね。

寺田さん「そうですね。一般的に対面での講義スタイルの授業の場合、講師の話す内容のレベルとスピードを『ちょうど良い』と感じるのはおよそ30%程度と言われています。そのほかの70%は、『早すぎる、あるいは難しすぎて、良くわからない』か、または『遅すぎて眠い、あるいはわかり切っていることなので、つまらない』と思いながら、我慢して聴いているということになります。
もし、研修の環境が、対面だけではなくオンラインでも可能、それもライブでもオンデマンドもできる、と多様になったらどうでしょうか。たとえば、『新しい知識を身につける』ことがテーマの学習の場合、オンデマンド型のオンライン研修で学べば、マイペースで何度でも納得できるまで繰り返して学ぶことができますし、逆に、すでに知っている部分はスキップしながら、サクサクと気持ちよく学習を進めることもできます。また、学習管理システムのテスト機能を活用して、『本当に身についたのかどうか』を自己評価することで、一人ひとりが達成感や満足感を味わいながら着実に学習を進めることも可能になります。
また、『身につけた知識を使ってみる』ことがテーマの学習であれば、一人ひとりが知識やスキルを披露する環境と、講師やほかの受講生からのフィードバックがもらえるインタラクティブな環境が必要になります。それには、ライブ型のオンライン研修や、対面でのワークショップが適しています。これからは、学習管理システムなどのICTツールを活用した魅力的な学習環境の全体をデザインすること、つまり『教えること』ではなく、『自ら進んで学べる場創り』が、人材育成担当者のメインの仕事になるでしょう」

   <コロナ禍で何が変わったのか? 先進的な人材育成システムが企業価値を左右する時代 寺田佳子さんに聞く(後編)>に続きます。

(聞き手 牛田肇)

寺田 佳子(てらだ よしこ)
インストラクショナルデザイナー
株式会社ジェイ・キャスト執行役員 eラーニング事業本部 本部長
日本eラーニングコンソシアム理事 / eLP(eラーニングプロフェッショナル)研修委員会委員長 / 熊本大学大学院教授システム学専攻非常勤講師 / 日本大学生産工学部創生デザイン学科非常勤講師。

ICTを活用した人材育成のコンサルティングの他、リーダーシップマネジメント、プレゼンテーションセミナーなどの講師として国内外で活躍。
『学ぶ気・やる気を育てる技術』(日本能率協会マネジメントセンター)他、著書・訳書多数。

ジェイ・キャストで提供しているeラーニングシステム「オール優」など、eラーニングコンサルティングも多数実施。
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