これほどインパクトのあるタイトルのビジネス書は見たことがない。「会社ではネガティブな人を活かしなさい」(友原章典著)集英社新書ポジティブの間違いじゃないの? ところが、著者は「後ろ向き」な社員こそが、会社には必要だという。「自分でも大丈夫かな」と、多くの人に勇気を与えそうな本だ。著者の友原章典さんは、青山学院大学国際政治経済学部教授。米州開発銀行、世界銀行コンサルタント、カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院エコノミストなどを経て現職となった。ポジティブ=会社の業績とは無関係近年、「従業員が幸せ(ポジティブ)になれば会社の業績が上がる」という言説が流布していて、多くの企業が従業員の幸福度を上げよう、と躍起になっている。しかし、幸せ(ポジティブ)になることで成果や業績が上がる人や条件はごくわずか。むしろ、従業員の性格に合わせた働き方、職場環境、指導が重要だ、と友原さんは説く。さまざまな先行研究を紹介し、「ポジティブ=会社の業績とは無関係」という結論を導いている。気分がよくなると、情報処理能力が上がるが、・その効果は長く持続しない可能性が高い・従業員あたりの売上高は、仕事の満足度とは無関係・従業員を幸せにする労務管理は、費用対効果から推奨できない可能性が高いと、まとめている。「不幸せ(ネガティブ)な従業員こそ」重要だ、という主張の論拠はいったい何か? これについて、ライス大学経営大学院名誉教授のジェニファー・ライスらの研究をひいて、「創造的な仕事が認められて報われるだけでなく、感情が認識される場合には、ネガティブな気分であるほうが、そうでないよりも創造性が高い」という結果が出た。また、認知能力が高い人は、心配性であるほど、・管理職としてのパフォーマンスが良好・力関係の強い人は、怒ることで交渉が有利になる・怒ると一時的に創造的になる・ネガティブな気分の人は、ポジティブな気分の人より慎重に考えるなどの傾向があることを、さまざまな実験から紹介している。いいことづくしの在宅勤務だが、意外な問題点次に、「マインドフルネス」という概念を検討している。マインドフルネスは、とくにここ数年でよく聞くようになったが、ようは「今、この瞬間」に集中すること。さらに、同書で友原さんは、マインドフルネスを「価値判断をしない」ことと定義している。悩みや苦しみは、よい・悪い、正しい・間違いという価値判断に起因する。そのため、人はこうあるべきと思っていても、そうではない自分をふがいなく感じて、自分を責めてしまう。マインドフルネス状態になるためには、瞑想や座禅などが使われることが多い。グーグルなどの有名企業が研修にも採用しているそうだ。ワシントン大学教授のデービッド・レビーらの実験によると、マインドフルネス瞑想を通じた訓練によって、集中力や記憶力が増して、マルチタスクによる問題を改善する可能性がある、と指摘している。メールやチャット、ビデオ会議のようなツールを同時に使いこなしながら仕事を行うマルチタスクが当たり前の現代において、役に立つかもしれない。ちなみに、上司がマインドフルであれば、部下の疲弊度は低く、業務評価は高いそうである。第4章では、テレワーク時代の幸福な働き方について論じている。スタンフォード大学教授のニコラス・ブルームらが行った研究によると、在宅勤務で従業員のパフォーマンスはアップし、業績も向上したという。対象は中国の旅行会社のコールセンターの従業員。オフィス勤務の従業員に比べて、応答電話数は13%多かった。また、離職率も大幅に低下した。企業全体の生産性は20~30%改善した。いいことづくしに見える在宅勤務だが、問題点もあった。在宅勤務者の方が、昇進率は低かったのだ。顔の見えない従業員は過小評価される危惧がある、と指摘している。ただし、この研究はコールセンターという自己完結した業種が対象だった。それ以外の業種や職種でどうなるか、今後研究が進みそうだという。テレワーク時代に成果を出す上司とは?友原さん自身はどうだったか。在宅勤務でケアレスミスが増えたデメリットがあった一方、会議がコンパクトになった、学生からの質問が増えたなどのメリットがあったという。そうした実体験からも、在宅勤務にすればすべてが解決するわけではなく、人によって向き不向きがある、と結論づけている。テレワーク時代に成果を出す上司とは? という面白い問題提起もしている。「怒っていてこわもての上司」か、それとも「幸せそうで元気な上司」か?これについて、オランダの大学の研究結果を紹介している。結論は......どちらがいいかはわからない、というもの。肩透かしを食ってしまった。というのも、効果的な接し方は、部下らの性格によるそうだ。「オンライン勤務でのリーダーは、ポジティブとネガティブを使い分けるきめ細かい対応が求められる」というのが結論だった。この手の本は著者の思いつきで書かれたものが少なくないが、本書は違う。本文でも多くの学術論文を紹介し、巻末には引用文献のリストが載っている。学術本のレベルを保ちながら、わかりやすい新書に書き下ろした著者の力量に感心した。最後に友原さんは、これらの研究に基づいた幸せな働き方のヒントを挙げている。まず、企業は従業員に「幸せ」を押しつけないこと。職場は生活の一部でしかないという大局的な視点を求めている。また、ネガティブな人が力を発揮する場面も少なくないので、そうした人でも働きやすい職場環境の整備を求めている。日本の企業ではこれまで、やたらとポジティブ志向が求められてきたのではないだろうか。ポジティブなふりをすることが業績評価にも反映されてきた。だが、コロナ禍でリモートワークになって社員は働きやすくなり、ひいては会社の業績が上がったというケースも多いことだろう。現に、商社をはじめ、空前の好業績だった業界も少なくない。無理にネガティブになる必要もないが、過剰にポジティブになることもない――。心おだやかに仕事をすることが一番ではないだろうか。(渡辺淳悦)「会社ではネガティブな人を活かしなさい」友原章典著集英社新書924円(税込)
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