2024年 4月 20日 (土)

量子コンピュータは本当に実現するのか?

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   最近、「量子コンピュータ」という言葉をよく耳にする。世界最速級のスーパーコンピュータでも数万~数億年もかかるような計算をわずか数分でやり遂げる、「夢の超高速計算機」との触れ込みだが、本当に実現できるのか?

   本書「ゼロからわかる量子コンピュータ」(講談社現代新書)は、その原理から課題、開発状況を解説した、格好の入門書である。

「ゼロからわかる量子コンピュータ」(小林雅一著)講談社現代新書

   著者の小林雅一さんは、KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授。専門はITやライフサイエンスなど先端技術の動向調査。著書に「AIの衝撃 人工知能は人類の敵か」「『スパコン富岳』後の日本 科学技術立国は復活できるか」などがある。

難航する研究開発

   2021年5月、米アルファベット傘下のグーグルが、カリフォルニア州サンタバーバラに「量子AIキャンパス」を開設した。また、10月には米アマゾン・コムが同州パサデナに新たな研究拠点を設け、「量子コンピュータ」の自主開発に乗り出すなど、急速に量子コンピュータへの投資と開発が進んでいる。

   ところが、こうした急激に高まる期待に反し、米国のビッグテックを中心とする量子コンピュータの研究開発は難航している、と小林さんは指摘している。

   IBMなど一部企業はすでに100個以上の量子ビットを備えたマシンを開発したが、それらの製品は一種の試験機に過ぎず、現実世界の諸問題を解決する実力はないというのだ。

   従来のコンピュータには、主にハードウェア的な要因から発生する計算の誤りを自動的に訂正する機能が備わっているが、量子コンピュータでは、そうした「誤り訂正」の理論は存在するが、技術的には確立されていないという。

   米マイクロソフトが欧州との大学との共同研究で一時、ブレークスルーをもたらすかと期待されたが、2020年、それを科学的に証明するはずの論文に誤りが指摘され、撤回に追い込まれた。

   開発が難しい根底には、量子コンピュータのベースとなる量子力学の本質があるという。量子コンピュータの素材として使われる電子や光子など量子には、「量子重ね合わせ」という現象がある。一つのモノが同時に異なる状態を取り得ることを指す。

   従来のコンピュータでは、そのデータを構成する各ビットが0か1かのいずれかを表す。これに対し量子コンピュータは、従来のビットに対応する量子ビットが同時に0と1の両方の状態を取り得るのだ。この二重性は「量子重ね合わせ」から生まれている、と説明する。

   本書では、これまでの量子コンピュータの開発の歴史を振り返りながら、その難しさを解説している。量子コンピュータを実現するには、この「量子重ね合わせ」と「量子もつれ」という現象を組み合わせて使う必要があるという。

   これは、同時に「1」と「0」の両状態を取り得る量子ビットが、何個ももつれあって互いに影響を及ぼし合いながら変化するしくみだ。

   「量子重ね合わせ」と「量子もつれ」を同時に実現することは技術的に困難を極め、たとえ成立しても、その状態は数マイクロ(100分の1)秒程度で破綻して、計算結果に誤りが生じてしまうという問題があった。

グーグルの成功で開発に弾み

   ここに光が差し込む。2015年、グーグル量子AI研究所のマルティニス教授らのチームが、「射影的量子計測」という手法を使い、全体で9量子ビットという極めて小さな量子計算システムで、その誤りを訂正することに成功したのだ。

   しかし、この方式で将来、実世界の問題に適用できる本格的な量子コンピュータを開発するには、誤り訂正用に非常に多くの量子ビットが必要になることがわかった。

   それでも「誤り訂正」問題への基本的な解決策が示されたことで、世界の量子コンピュータ開発に大きな弾みがついたという。「作れるはずがない」と諦めていた科学者たちが、グーグルの参入を機に、手のひらを返したように、開発に本腰を入れ始めたのだ。

   各国の政府も巨額の予算をつぎ込み、支援を始めた。日本も2039年の実用化をめざす「量子コンピュータの開発ロードマップ」を盛り込んだ国家戦略案をまとめた。

   たとえば、各地の大学など主要な研究機関に開発拠点を設けることにした。関連予算は2019年度160億円から20年度には340億円、21年度には360億円、さらに2022年4月には内閣府の「統合イノベーション戦略推進会議」で、国産の量子コンピュータの初号機を22年度内に整備する目標を掲げた。

   川崎市の「かわさき新産業創造センター」で稼働を開始した「IBM Q」は、27量子ビットとまだ試験機レベルの製品だが、東京大学を中心とした協議会では、将来、もっと実用的な量子コンピュータが本格的に普及する時代に備え、習熟した人材を育成することを目的にしている。

先行するIBM...2023年、実用化のターニングポイントか

   当のIBMの製品開発ははるか先を進んでおり、2023年には1121量子ビットの製品をリリースする予定で、「創薬」など一部分野では実用化が期待されている。

   しかし、小林さんは額面通りに受け止めることはできず、一般人にも理解できる何らかの実用的メリットが証明されなければ、ブームもしぼんでしまう恐れもある、と冷静に見ている。

   もしも本格的な量子コンピュータが実現すれば、ネットショッピングや銀行のATM、あるいはビットコインのような暗号通貨で使われている従来の暗号技術が容易に破られてしまう。

   そのため、ITや金融業界のほか、安全保障の分野でも深刻な懸念を呼んでいる。逆に言えば、他国に先駆けて開発に成功すれば、強力なアドバンテージを得るため、米国や中国は日本とは桁違いの資金を投入している。

   自動車や金融、化学、製薬、AI、メタバースなど各分野での応用にも言及している。だが、量子コンピュータが実際にどんな問題が解けて、何が解けないかは現時点では明確に定まったいないという。実用に供する本格的なマシンが存在しないからだ。

   ほかにも本書では、量子力学の基本的法則に始まり、量子ビット、量子ゲートなど量子コンピュータがはたらく仕組みについて、行列やベクトルなど数学を使い、解説している。理系の人であれば、数式を使った説明にある程度ついていけるのではないだろうか。

   しかし、原理がわからなくても、実現すれば人類に大きなインパクトを与えるものであることは理解できる。小林さんは

「量子コンピュータは人類の科学技術、いや文明を次なるフェーズへと導く歴史的な発明だ。ちょうど古代の人類が青銅器から鉄器時代への移行したような、いや恐らくそれ以上に大きな意味とインパクトを世界にもたらすだろう」

と予測している。

   そして、そのようなパワフルな超高度技術を適切に管理し、平和的に使いこなせるほどの倫理水準に人類はあるのだろうか、と問題提起している。

(渡辺淳悦)

「ゼロからわかる量子コンピュータ」
小林雅一著
講談社現代新書
924円(税込)

 
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