「サラリーマン増税うんぬんという報道がある。岸田政権はまったく考えていない」2023年7月25日。首相官邸で岸田文雄首相と面会した自民党税制調査会の宮沢洋一会長は取り囲んだ記者団に対し、首相からこんな言葉をかけられたと明かした。今なぜ「サラリーマン増税」が話題になるのか――?「政府が通勤手当に課税をしようとしている」SNSで話題、批判の的に宮沢自民党税調会長は岸田首相との会話で、「党税調で議論したことは一度もないし、頭の隅にもない」と応じたという。首相官邸での会談は、内容を公にしないことが原則だ。それにもかかわらず、宮沢会長がわざわざ内容を説明したのは、首相の強い意向があったからだとみていい。それだけ首相が「サラリーマン増税」の報道に神経質になっている証といえる。松野博一官房長官も翌7月26日の会見で「サラリーマンを狙い撃ちにした増税は行わない」と援護射撃した。岸田政権が火消しに追われるサラリーマン増税はなぜ突然、浮上したのか。話は1か月ほど前にさかのぼる。岸田首相は6月30日、政府税制調査会から一本の答申を受け取った。タイトルは「わが国税制の現状と課題――令和時代の構造変化と税制のあり方」。税制の歴史から経済・社会の構造変化、所得税、消費税、法人税など各税目ごとの課題などを網羅的にまとめた261ページの内容だ。問題となったのは所得税に関連した短い一文。非課税所得扱いとなっている参考ケースの一つとして、会社が社員に支給している通期手当を例示した。これが「政府が通勤手当に課税をしようとしている」とSNSなどで話題となり、政権への批判につながったというのだ。2005年にも強い批判にさらされ...政府税調の苦い過去 岸田首相、支持率低下への焦りもとはいえ、疑問は残る。なぜなら、政府税調は、首相の諮問機関という位置づけだ。学識者で構成され、税制や財政政策に関する大きな方向性を示す役割を担う。実際に税制改正の内容を決めるのは与党の自民党税調、公明党税調でつくる与党税調だから、例年であれば政府税調の答申が話題になることはほとんどない。なぜ官邸は今回に限って、ここまで危機感を募らせるのか。「サラリーマン増税という響きがまずい。政府には苦い記憶があるからね」こう解説するのは霞が関のベテラン職員だ。政府税調は2005年にも強い批判にさらされた。当時会長だった石弘光氏(元一橋大学長、故人)が所得税改革の必要性を訴える中で「サラリーマンに頑張ってもらうしかない」と発言した。これがサラリーマン増税と報じたられ、政府・与党は対応に追われた。今回も2005年と同様、実際に増税に直結するようなことが書き込まれているわけではない。財務省幹部は「答申を読んでもらえば、誤解は一発で解けるはずだ」と強調する。しかし、タイミングが悪かった。折しもマイナンバーカードのトラブルをめぐり、岸田政権の支持率は下がり続けている。夏が終われば、内閣改造や補正予算の検討、2024年度当初予算の編成などが動き出すが、どれも支持率回復につながる決定打とはなり得ない。そんな八方塞がり状況に突然、沸き起こったのがサラリーマン増税批判だった。予想外の事態に首相は我慢できず、自ら弁明に乗り出したのだろう。与党幹部はこう語る。「首相にとっては災難だったね。サラリーマン増税ぐらいであれだけ慌てるのは、官邸が支持率低下に焦りを深めている証拠だろう」(ジャーナリスト 白井俊郎)
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