戦後70年目にBC級裁判、戦場体験者の記録を読んで分かること

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   今年(2015年)は敗戦後70年という年にあたる。第二次世界大戦を当時大人として生きて知る人々はどんどん少なくなっている。「8月ジャーナリズム」の影響と揶揄されようとも、すくなくとも、年に1度は、日本国の破滅のふちに至った、有史以来の最大の国策の失敗について想いをめぐらすのは、国家運営の一端にかかわるものとしての責務だと思う。

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『「BC級裁判」を読む』...極限状態の人間の罪深さを痛感

    井上亮氏が、2009年8月から9月にかけて日経で連載した「BC級戦犯裁判 証言を読む」を土台として、半藤一利、秦郁彦、保阪正康の各氏とともに編んだ『「BC級裁判」を読む』(日経ビジネス人文庫 2015年7月、単行本:日本経済新聞社 2010年8月)がある。本書は、国立公文書館で、法務省にながらく眠っていた一般戦争犯罪で処罰を受けた戦争犯罪人(いわゆるBC級戦犯)についての資料が公開されたことを機に、井上氏の取材内容を、上記の3人の有識者で討議するものである。序章『「日本人の写し絵」としてのBC級裁判』からはじまり、第1章「無為徒食を許さずー捕虜の虐待」、第2章「憤怒と非難の只中にー市民の虐待」、第3章「斬首は博愛の情―裁かれた武士道」、第4章「この罪、天地に愧ずべしー非人道的行為」、第5章「戦争だから仕方ないー無差別爆撃の不条理」、第6章「報復の連鎖を断つために」と読めば、極限状態におかれた人間の罪深さを痛感し、旧日本軍の、捕虜や現地住民への暴虐・虐待の凄まじさに言葉を失う。わが同胞の人道にはずれた様々な所業を知るのはつらいことだ。特に、第4章における旧軍の生体解剖と人肉食に係る史実は本当にひどい。いまだに戦火を交え、受けた国々で日本への悪評が絶えない所以が本書から見えてくる。

   井上氏は、「この裁判は戦争の本質的な恐ろしさを教えてくれると同時に、日本の組織とは何か、日本人とは何かを教えてくれる」し、「日本人に限らず、人間が組織の枠に押し込められ、生と死の狭間に置かれたときに何が行なわれるかをも明らかにしている」という。

記憶を父に記録を母に教訓という子を生み、育てて次代に...

   なお、BC級裁判でよく出てくる言葉に、「適当に処置せよ」という口頭での命令がある。これで、捕虜や住民を殺害した場合、そのあいまいさが、後になって上司の言い逃れとなり、命令を実行した下士官クラスが戦犯として罪に問われる結果となった。上司に文書を要求するとさすがにまずいということで沙汰やみになることが多かったというが、いまに通じる教訓ではないだろうか。2005年6月に出た「BC級戦犯裁判」(林博史著 岩波新書)も、8カ国で行なわれたこの裁判の全体像を俯瞰するのに手頃な1冊だ。

   また、保阪正康氏の新著「戦場体験者 沈黙の記録」(筑摩書房 2015年7月)は、戦争体験のうち、もっとも重要な位置をしめるべき非日常的な戦場体験が、そのようなことは平時の日常感覚の中ではあまりにもかけはなれており、いうべきではないという「暗黙の掟」・感情の中で、語られてこなかったことが、日本国の戦争観に奇妙な歪みを与えたという。それでは「戦争の本質」を見誤ることになると指摘する。保阪氏は、本書で、これまでの元兵士からの聞き取りで、語り継がなくてはいけないとの想いでまとめた、一般兵士の住民虐殺の史実などを紹介している。戦争を知らない我々は、果して、自らの国の不都合な歴史的事実を直視し、保阪氏とともに「記憶を父とし、記録を母として、教訓(あるいは知恵)という子を生み、そして育てて次代に託していく」ことができるのだろうか。

経済官庁(総務課長級 出向中)AK

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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