2019年 10月 23日 (水)

もうひとつの民主主義

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■『民主主義理論の現在』(イアン・シャピロ著、慶応義塾大学出版会)

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支配の極小化の手段としての民主主義

   『民主主義理論の現在』(原著2003年、邦訳2010年、中道寿一訳)で、著者のイアン・シャピロは、民主主義とは「支配を極小化するために権力関係をうまくコントロールする手段である」としている。

   これとは別の民主主義論に、なんらかの皆が共有する善(共通善)の達成の手段として民主主義をとらえる系譜がある。ルソーの民主主義論では、「一般意志」という人民全体にとってもっとも優れた途を指し示すものが重視されており、民主主義はその意思を表明させ、実現する上で優れた制度として位置づけられている。熟議民主主義論に属する議論もまた、理性と理性との間の討議を通じてなんらかの共通善に合意することが期待されており、同じく共通善の系譜に属する議論である。

   他方、ここでシャピロが採っているのは、なにかの皆にとってよいものを想定することから身を引き離し、とにかく「支配」という悪を最小化すること、このことを実現する手段として、民主主義を考えようというものである。この伝統は、米国政治史のなかでは、建国の父のひとりマディソン(「野望には野望をもって対抗しなければならない」)に代表される。マディソンが表明しているのは、構成員が私欲のまま振舞うとしても利害の均衡を適切にはかる制度を設計したいという問題意識である。このような設計思想に基づいて18世紀につくられた制度が合衆国憲法であり、それは21世紀の今日まで生きながらえている。本書でシャピロは、シュンペーターの代議制論まで視野を広げ、この伝統を掘り下げている。シャピロは熟議の合意形成能力には懐疑的で、弱者保護には司法の役割が重要だとしている。

合意形成の困難のなかで民主主義をどう再生するか

   前回(18年8月)の書評(「リベラリズム、崩れ去るのに任せるか、基礎からやりなおすか」)で取り上げたロールズでは、前期から後期への転回にあたり、リベラリズムの基礎付けが断念され、「重なり合うコンセンサス」によるリベラリズムの支持という図式が提示されていた。各人の信奉する原理が(リバタリアニズムであったり、社会民主主義であったり、宗教的原理主義であったり)多様で相いれないのはやむをえないとしても、最大公約数的に支持される共通領域があり、その領域にリベラリズムが含まれるという構想である。シャピロの提示する、共通善のための民主主義から「支配の極小化」のための民主主義という図式も、同じく民主主義国における合意形成の困難という共通の根に由来する。たとえ合意が難しくとも、せめて「支配」による悪をできる限り小さくすることができないものか。本書を貫くのはこのリアリズムである。

   本書が出たのが2003年。合意形成の困難は、当時よりも現在の方がより深刻さの度合いを増している。その意味で、本書での議論はアクチュアリティをいささかも失っていない。

経済官庁 Repugnant Conclusion

【霞ヶ関官僚が読む本】現役の霞ヶ関官僚幹部らが交代で「本や資料をどう読むか」「読書を仕事にどう生かすのか」などを綴るひと味変わった書評コラムです。

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