2024年 4月 25日 (木)

楽譜は何を伝えているか(5)

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   先週までは、有史以来、人間は音楽とともに過ごしてきたのに、中世の欧州で「楽譜」が発明されるまで、まったくといっていいほど、そういったものを作り出してこなかった・・・ということを見てきました。逆に、「なぜ楽譜を発明する必要がなかったのか」ということを考えていきたいと思います。

  • 中世ヨーロッパで発明された楽譜は、現代のプロの音楽家もほぼそのままの形で使用している
    中世ヨーロッパで発明された楽譜は、現代のプロの音楽家もほぼそのままの形で使用している
  • 中世ヨーロッパで発明された楽譜は、現代のプロの音楽家もほぼそのままの形で使用している

3分程度の好きな歌なら楽譜いらない

   ちょうどいい例が、先週も触れました「カラオケをする場合」です。予め録音された伴奏の音楽や映像に合わせてマイクを持って歌う・・時には採点までしてくれる、という「革命的機械」は日本で生み出されたので、世界中で「Karaoke」の名で使われています。歌をある程度知っていたら、しっかりした伴奏に乗せて、歌手になったつもりで楽しく歌える・・というマシンですね。カラオケは、楽譜を見なくても、ましてや楽譜を覚えていなくても、出来ます。楽譜の必要性を全く感じません。

   多くの歌謡曲は長さが3分程度、それが好きな歌ならばメロディーだけを覚えるのは簡単です。楽譜など、必要はありません。「記録した音楽」を持ち歩く必要は全くないわけです。現代ではオーディオデバイスがあるので、曲を知ったり覚えたりするのも「楽譜から」という人は少数派で、「耳で聞いて覚える」という場合がほとんどのはずです。他の人が歌っているのを聴くのか、メディアで聴くのかの違いはありますが、これは人間が太古から行ってきた音楽を伝える方法です。

   また、カラオケでは、リズムやテンポもあらかじめ決められていて、(機械によっては、それらも自分の好みに調節できます)、楽譜から読み取って「音楽の速さ」を設定する必要もありません。

   そして、いわゆる「キー」ですが、これもカラオケの場合は、自分の好みに合わせて設定できますが、それを決めるのも、「ちょっと高いかな」「もうちょっと低い音から歌い出したい」というアバウトな勘だけで十分。「ファの音から歌い出したい」「最高音がミだとちょっと歌うのが難しいかな」などと考えるのは、プロの音楽家ぐらいです。

「ハモる」音楽は世界の中でごく少数派

   カラオケは、ほとんどの場合が「ソロ」です。中には男女のデュエットの曲などもありますが、それは少数派で、自分が歌えればそれで良い・・という装置ですから、これ以上のことは必要ないわけです。多少メロディーが怪しくても、迷惑をかけるのは、その場に一緒にいる「かなり音楽にうるさい人」くらいです。

   合唱団のように「大人数で一緒に歌う」ということになれば、楽譜などの「音を正しく指示するアイテム」が必要となってきますが、大人数が同時に違う音を歌って響かせる・・いわゆる「ハモる」という音楽は、世界の中ではごく少数派でした。例えば、日本では、有史以来ほとんどこの「ハーモニー」という感覚はなく、メロディーだけの音楽が発達しました。これは、高温多湿で、家屋も木造が多く、欧州のように「石造りの教会の中できれいに声が響く」という状況がなかったからだ、と私は睨んでいます。

   そして、「違う音を重ねて綺麗に響かせる」という場合には、音程を正しく歌う必要がありますが、和音を持たない音楽では、むしろメロディーの音程を動かす傾向にあります。日本の伝統音楽では、音程を微妙に揺らすということが頻繁に行われます。これは逆に西洋型の楽譜には馴染みませんし、演奏者の「センス」に任されている部分も多いので、楽譜に記される必要性もなかったのです。日本の音楽が持つ楽譜には、ある程度の音の高さだけが書いてあって、テンポなどの他の要素は師匠から習うことによってのみ習得できる・・という方式のものもあります。世界各地の文明は、このように音楽をゆるい形でしか、記録する必要性を感じてこなかったのです。

   では、楽譜が生まれるためにはどのような条件が必要だったのでしょうか?必要は発明の母、といいますから、必要があったからこそ、楽譜は出現したのです。

「必要条件」が揃って楽譜が生まれる土壌が整った

   整理していくと、

1. 録音機が発明される前であること・・・音楽そのものを記録できる現代がいち早くやってきていたら、おそらく今のような形の楽譜は出現しなかったと思われます。

2.録音できないが、たくさんの、長い音楽を誰かに伝える必要があること・・・現代のカラオケのレパートリーぐらいならば、みんな楽譜なしに覚えられます。それを遥かに超える「長さ」と「量」の音楽を一人が覚えなければならない、という状況があれば、音楽を紙に記録する必要性が出てきます。

3.即興性や、個人による音楽の改変が許されない状況であること・・・音楽は多くの場合「楽しむ」ものであるため、自由な改変は当たり前でした。他人の作った音楽を1音たりとも変えずに再現して演奏する・・などというのはかなり特殊な場合だったのです。

4.たくさんの人が、同時に音を出す音楽が必要になること・・・団体行動でもそうですが、個人行動の自由を認めていては、なかなか揃わないものです。集団での音楽、つまり声の音楽における「合唱」が必要になってくると、楽譜のようなものがないとかなり不便ということになるわけです。自然に発生した世界の様々な文明の音楽・・・日本も含めて・・・はほとんど「単旋律」、つまりメロディーだけでできていました。違う音を重ねた音楽を日常的に楽しんでいたのは、ごく限られた文明だったのです。

   まだまだ必要条件は考えられるのですが、大まかには、これらの状況が揃って、楽譜が生み出される土壌が整った、と言えます。厳しいキリスト教会が支配する中世の欧州でこれらの条件が揃ってくるのですが、その欧州でさえ、現代につながる楽譜を生み出すには、何百年という長い時間がかかったのです。

本田聖嗣

本田聖嗣プロフィール
私立麻布中学・高校卒業後、東京藝術大学器楽科ピアノ専攻を卒業。在学中にパリ国立高等音楽院ピアノ科に合格、ピアノ科・室内楽科の両方でプルミエ・プリを受賞して卒業し、フランス高等音楽家資格を取得。仏・伊などの数々の国際ピアノコンクールにおいて幾多の賞を受賞し、フランス及び東京を中心にソロ・室内楽の両面で活動を開始する。オクタヴィアレコードより発売した2枚目のCDは「レコード芸術」誌にて準特選盤を獲得。演奏活動以外でも、ドラマ・映画などの音楽の作曲・演奏を担当したり、NHK-FM「リサイタル・ノヴァ」や、インターネットクラシックラジオ「OTTAVA」のプレゼンターを務めるほか、テレビにも多数出演している。日本演奏連盟会員。

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