2018年 7月 16日 (月)

「人生の決断」迫られたJリーガー山瀬功治

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「最後の最後まで決断に苦しむという事は生涯初めての経験でした」

   サッカー元日本代表で、2010年シーズンをJ1横浜Fマリノスでプレーした山瀬功治が、1か月間悩みぬいた末に出した自身の進路について、2010年12月25日に長文のブログで説明した。

   過去2度の移籍、じん帯断裂やヘルニアといった大きなけがや病気、日本代表に選ばれながら五輪やワールドカップ直前で落選し、出場できなかったこと。いくつものつらい出来事と同じぐらい厳しい現実に直面したのが、マリノスからの戦力外通告だったという。 折れそうになる心を支えたのは、チームメートや友人、何よりもサポーターからの励ましだったと山瀬。「思えば最終戦、ピッチ上で涙が溢れたなんて事も僕のサッカー人生、初めての出来事でした」と振り返る。

   その後、複数のチームからオファーが届き、「新たな希望」となった半面、新たな悩みが始まる。「どのチームも魅力的で、一時は、どこへ歩いて行けば良いのかさえも分からなくなっていました」と苦しみぬいた。そして出した結論は、川崎フロンターレへの移籍だった。

「今回の決断が、自分にとって最高の決断であったと、今は、自信と誇りを持って言えます」

   自身の境遇に真正面から向かい合い、多くの入団の誘いに対して誠実に受け止めた山瀬。新天地での全力プレーを約束した。

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