2024年 4月 30日 (火)

オウム「斎藤明美」出頭の計算―哀れ演じ自分と平田の刑軽減

潜伏作隠し続けると心証悪い

   最後に住んでいたのは東大阪のマンションで、斎藤は近くの整骨院で「吉川祥子」の偽名でマッサージの施術などをしていた。治療を受けた男性は「(マッサージは)吉川先生と言われていたくらいだからうまいもんや。自分からは喋らないが、言うことはちゃんと言う真面目なもんやった」という。弁護士は「もっぱら彼女が稼いでいた。そのお金でつましく遣り繰りしていた状況が見て取れます」と話す。なぜ平田を支え続けたのかについては、「彼女は『平田への尊敬が愛情に変わっていった。内縁関係にあった』と言っている。平田も彼女への淡い気持ちを持っていたから愛情に変わっていったのだと思う」と言う。

   平田は昨年11月末に「出頭を決めた」と斎藤に伝えたという。斎藤は大みそかの日の夕方、東京へ行く平田を見送り、10日経った昨日10日に自らも出頭した。

   では、平田が隠していたのに、なぜ斎藤は出頭を決めたのか。弁護士の若狭勝は「平田が自分のことを話すに話せないのでは、反省していないと思われ、今後よくない。自ら名乗り出た方がよいと判断したのかも」と見る。

文   モンブラン| 似顔絵 池田マコト
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