2024年 5月 2日 (木)

みのもんた「オーナー会社」トラブル解決に暴力団仲介!?島田紳助と瓜二つの構図

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TBSにも届いた「重要告発」―任侠系政治団体の街宣車抗議中止をあの人に依頼

   人間落ち目になりたくないものだと思うのは、案の定、みのも過去の古傷を暴かれているからだ。週刊文春によればこうである。島田紳助が暴力団との黒い交際で引退した頃、TBSに対し、ある人物から重要告発があったというのである。

<「告発の内容は、みのが過去に右翼団体とトラブルになり、暴力団関係者が解決に動いたというものでした。〇三年頃、右翼の街宣活動の標的とされ、困り果てていたみのが、相談を持ちかけたのが、バーニングプロダクションの周防郁雄社長だった。
   その周防氏が、神戸に拠点をおく暴力団『松浦組』の民族派団体『大日本新政會』に救済を求め、話し合いの末に解決に至ったというのです。これが事実であれば、みのは周防氏を介して暴力団関係者にトラブル解決を依頼したことになる。TBSにとっては看過できない問題のはずでした」(事情を知る関係者)>

   だが、この告発をTBSは黙殺したという。周防氏が解決を依頼したのは当時親しかった「大日本新政會」総裁の笠岡和雄氏である。周防氏が所有する麻布のビルに東京事務所を構えていた笠岡氏は、周防氏の依頼を受けてたびたびトラブルの解決を請け負っていたという。

   みのが右翼の攻撃対象となったのは、みのの父親が創設した水道メーター会社「ニッコク」が関わった談合事件だった。東京都への水道メーター納入業者を決める一般入札で談合を行ったとして、2003年7月に「ニッコク」に東京地検特捜部の家宅捜索が入り、7月15日には公正取引委員会から排除勧告を受けている。

   各テレビ局が無視を決め込んだこの談合事件に目をつけたのは、任侠系の政治団体だった。街宣車が港区にある「ニッコク」本社で激しい抗議活動をしたが、ある日ピタッと止まった。笠岡氏がこう話している。

<「厳しい抗議文が連日ファクスなどでもニッコクに送られていたようです。談合が明らかになった以上、テレビはやめろ、許さないと。周防氏がその抗議文を私のところに持ってきて、『なんとか、みのさんを助けてくれませんか』と。そういうことでした。私が解決に動いたことは、もちろんみのさんも知っているはずです」>

   これでは島田紳助の件と瓜二つではないかと、週刊文春は難じている。<紳助が闇社会との黒い交際を始めたのも、過去の番組での発言を咎められ、右翼団体の抗議を受け、その解決を頼むために渡辺二郎氏の仲介で山口組の幹部と知り合ったことからだった。みのも同じく、結果的に暴力団に仲介を頼んだことになる。まさしく紳助と『同罪』なのである>

   週刊新潮では、敷地3000坪、延べ床面積約270坪。神奈川県鎌倉山にあるみのの豪邸が『呪われている』と書いている。みのの豪邸の近くに住む人がこう話している。

<「みのさんはあそこに引っ越してから、よくないことが立て続けに起きていますね。去年春、みのさんのマネージャーだったニッコク取締役が脳梗塞で倒れ、 5月には奥さんの靖子さんが66歳の若さで亡くなり、今年の夏はみのさん自身がセクハラ騒動に見舞われ、そして次男が逮捕でしょ。鳥肌が立ちましたよ。あの土地、人が死にすぎている気がするんですよね」>

   みの邸には女優の田中絹代が住んでいた家もあったが、それも壊されて跡形もないそうである。みのは散々悪口を書いた週刊誌に「100倍返し」してやると息巻いているようだが、これ以上旧悪を暴露されないように気をつけたほうがいいようだ。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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