2024年 4月 26日 (金)

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「菅義偉官房長官」触れられたくない経歴の嘘と『横浜のドン』との癒着

   『週刊新潮』は安倍ベッタリの菅義偉官房長官が、そろそろ「権力」が欲しくなったのではないかと報じている。だが、菅氏には影の部分が多くあるようだ。たとえば、彼は秋田県雄勝郡秋ノ宮村(現湯沢市)出身だが、彼のホームページには地元の高校卒業後「集団就職で上京する」とあるのだが、同級生の伊藤英二氏は「義偉が急に『東京に行く』と言い出したのは事実ですが、いわゆる『集団就職』ではないですよね」といっている。苦労して這い上がったということを強調したいのだろうか。

   週刊新潮によれば、上京後は段ボール工場で働いた後、法政大学法学部に入学し、卒業後に電気設備会社に勤めているときに政治に目覚め、法政OBの中村梅吉元法相秘書経由で、横浜を地盤とする小此木彦三郎代議士の秘書になるのが1975年。

   その後、横浜市議選に出馬して当選するが、「その時代の菅さんに関しては謎のまま」(政治部記者)だという。その当時、菅氏をバックアップしたのは相鉄だったそうだが、藤木企業というところからも人を出してもらったそうである。市会議員に当選した後も菅氏と藤木氏の関係は続き、「国会議員になってからも、菅さんは藤木さんに頭が上がらないようだった。携帯に電話がかかってくると、『会長!"』と言っていた」(永田町関係者)

   藤木企業というのは港湾荷役業で、社長は藤木幸太氏。氏の父親で同社会長で横浜港運協会会長藤木幸夫氏は、横浜FM放送の社長など地元企業の役員も多数兼務する「横浜のドン」なのだそうである。

<その昔、荒くれ者の港湾人夫を束ねる港湾荷役業はヤクザや愚連隊と切っても切れない関係にあった。藤木幸夫氏は自著「ミナトのせがれ」の中で山口組三代目田岡一雄組長のことを「田岡のおじさん」と呼び、〈田岡のおじさんが帰って行くと、外で待ち構えていた神奈川県警の刑事がすぐに親父(藤木企業創業者の藤木幸太郎氏)のところへ来て、「今、田岡が来て何を話したんだ」と聞く>(週刊新潮)

   菅官房長官にとっては古い話だからどうということはないのかもしれないが、週刊新潮によると、菅氏のお膝元の横浜市にカジノが誘致されるやもしれないというので、横浜市が検討委員会をつくって熱心だが、その委員に藤木企業の藤木幸太社長が入っているというのだ。カジノが誘致されれば雇用1万人ともいわれ、街が潤うことになると、企業や電鉄会社が蠢き始めているというのだから、総理を目指す菅氏の周りにもきな臭い匂いがしてきたのかもしれない。

元木昌彦プロフィール
1945年11月24日生まれ/1990年11月「FRIDAY」編集長/1992年11月から97年まで「週刊現代」編集長/1999年インターネット・マガジン「Web現代」創刊編集長/2007年2月から2008年6月まで市民参加型メディア「オーマイニュース日本版」(現オーマイライフ)で、編集長、代表取締役社長を務める
現在(2008年10月)、「元木オフィス」を主宰して「編集者の学校」を各地で開催。編集プロデュース。

【著書】
編著「編集者の学校」(講談社)/「週刊誌編集長」(展望社)/「孤独死ゼロの町づくり」(ダイヤモンド社)/「裁判傍聴マガジン」(イーストプレス)/「競馬必勝放浪記」(祥伝社新書)ほか

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