「もう生きられへん。これで終わりや」86歳認知症母親と「介護疲れ心中」54歳息子の地獄

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   YouTubeで再生400万回以上の動画がある。2005年に京都で起きた介護殺人のまとめだ。54歳の息子が86歳の認知症の母親と心中を図ったが、息子は死にきれなかった。その時の2人のやり取りに法廷は泣いた。執行猶予を言い渡した裁判官は、「お母さんの分まで幸せに生きて」と声をかけた。しかし息子は8年後、琵琶湖に身を投げた。62歳だった。

   介護や看病から家族を殺害した事件は、昨年(2015年)だけで未遂も含め44件に上る。家族介護の厳しさを初めて世に突きつけたのが、この事件だった。経緯は漫画やドラマ、演劇にもなった。しかし、男性の死は地元紙でも報じられなかった。

母親「そうか、あかんか。こっち来い、わしの子や」

   男性(Yさん)は両親と3人暮らしだった。父親が亡くなった頃から母親の認知症が出始め、Yさんは献身的に介護したが、徘徊など症状が進むと、会社を辞めざるをえなくなった。経済的、精神的に追い詰められ心中を図る。最後の時のやり取りを法廷でこう話した。 Y「もう生きられへんのやで。ここで終わりやで」

   母「そうか、あかんか。一緒やで」

   Y「すまんな。すまんな」

   母「こっち来い。わしの子や」

   執行猶予付きの温情判決を受けたYさんは「母の歳まで生きる」と裁判官に約束した。Yさんは判決から1か月後、滋賀・草津市に転居した。木材加工会社に職を得て、月収は20万円前後。当時55歳で独身だった。家賃2万2500円のアパートに住み、休日には、好きだった渓流釣りも再開した。支援者にも「母の一周忌をむかえました。元気に生きてます」と書き送っていた。

   しかし、61歳の時、景気悪化で仕事を失った。残された預金通帳を見ると、残高は30万円足らず。その後、金属加工の仕事を得たが、年齢で視力が弱っていたため長続きしなかった。「母の歳まで」というYさんを親戚は励まし続けていたが、亡くなる3か月前、貯金は6万円に減っていた。それでも助けを求めることもなく、家賃が滞ることもなかった。Yさんは知人に渓流釣りの毛針を送ったりもしていた。アパートで作り続けた数十個がケースに入っていた。幸せだった頃を思い出していたのかもしれない。

死にきれず執行猶予から8年・・・へその緒握って入水

   Yさんが入水したのはおととし(2014年)の8月1日早朝だった。遺体には数百円の小銭の他に、母との絆「へその緒」があり、「一緒に焼いてください」とあった。

   介護問題を研究している立命館大准教授の斎藤真緒さんは、裁判を傍聴した。「Yさんは『母の元へ行きたい』と繰り返し語りました。判決は生き続けることが被害者へのいちばんの贖罪だというメッセージでもあっただけに、(亡くなったのは)残念です」「家族介護は難しいです。どうしても社会との接点がなくなっていき、看取った後の介護ロスから立ち直るときにも、社会との繋がりを取り戻すことが必要になります。 今回はそれができなかった」

   10年前、判決は「問われているのは行政であり、介護保険制度である」と明確に指摘した。制度が想定していたのは健康で動ける介護者だったが、いま介護者の方が心配になる状況だ。放送の間にNHKに視聴者からの意見が110件も寄せられた。たいへんな関心の高さだ。似た境遇にある人がいかに多いかを示すものだろう。

   少子化も高齢化も、人口統計を見れば何十年も前にわかっていることだった。長い視点を持てない政府に改善なぞ望むべくもないか。保育園の待機児童すら解消できないのだから。

ヤンヤン

NHKクローズアップ現代+(2016年4月28日放送「そして男性は湖に身を投げた~介護殺人 悲劇の果てに~」)

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