2019年 11月 15日 (金)

死せる高倉健を私物化する養女・・・今度は虚実判然としない手記本!インタビューした阿川佐和子も「お話うかがってももやもや」

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   俳優の高倉健が亡くなってから5年になる。命日は11月10日。文藝春秋から、高倉健が亡くなる直前に養女にしたといわれる小田貴月(おだたか=以前は小田貴・54歳)という女性の手記「高倉健 その愛」が出版された。帯には「人知れず2人で暮らした17年の日々。孤高の映画俳優が最後に愛した女性による初めての手記」「高倉からのリクエストはたった一つ、『化粧をしないでください』でした――」とある。

   彼女にまつわるさまざまな疑問は、ノンフィクション・ライターの森功が丹念な取材に基づいて書いた「高倉健 七つの顔を隠し続けた男」(講談社)に詳しい。森功が件の本で挙げた彼女についての「疑問点」は以下である。

   貴月は高倉の死を福岡にいる高倉の実妹にも知らせず、死後2日で火葬してしまった。実妹が、遺骨を分けてほしいというと、遺言で散骨してくれといわれたからと断った。生前、死んだらここへ入ると高倉がいっていた鎌倉霊園の墓地を更地にしてしまった。ここには結婚していた江利チエミが孕んだが、事情があって産めなかった水子墓もあったのにである。

   クルマ好きで、多いときは20台ぐらい所有していたといわれる高級車も売り払い、手を入れれば立派に使えるクルーザーも解体してしまった。高倉との思い出が詰まっていたであろう世田谷区瀬田の家も壊して、新築した。

   なぜ、そうまでして高倉健という俳優が生きた痕跡を全て消し去ってしまったのだろう。それらの疑問に、一つでも二つでも答えているのではないかと思ってさっそく読んでみたが、期待は見事に裏切られた。私がこの本にタイトルを付けるとすれば、『家政婦は見た! 高倉健の私生活』とでもするだろう。

   週刊新潮と週刊文春がこの本を取り上げている。週刊文春は自社の出版物だから、当り障りのない阿川佐和子の対談のゲストに登場させているが、その阿川でさえ、最後の「一筆御礼」でこう書いている。<貴月さんのお話を伺えば伺うほど、納得できたりできなかったりの繰り返しで、もやもやとした余韻がいまだ心の片隅に残っております>

   タイトルにある「高倉健 その愛」の"愛"は、誰に向けられた愛なのかも判然としない。貴月は阿川にこう答えている。<「愛とは魂の共鳴ではないかと。あくまで私論ですが、人はそれぞれ異なる周波数を持っていると思っています。高倉は微妙なものから振れ幅が大きいものまで頻繁に周波数が変わります。その周波数に合わせられる力が愛」>

   この女性の「はぐらかす力」は一級品である。貴月の義理の母親・河野美津子(86)が、週刊新潮に貴月は3度の結婚していたと明かし、こう語っている。<「詳しい事情は何も知りませんが、健さんにとって貴さんは家政婦だったということでしょう。健さんは江利チエミさんが亡くなった時、"彼女以外を愛さない"という風に言っていたんでしょう。私は健さんを信じています」>

   高倉の縁の者やファンが「お参りするところがない」ため、高倉の一番下の妹・森敏子(84)たち血縁者の手で、三回忌を機に、福岡県中間市の小田家の菩提寺「正覚寺」の境内に記念碑が建てられた。高倉が好きだった言葉、「寒青(かんせい=風雪に耐えて青々と立つ冬の松の意)」の二文字が直筆で刻まれた。

   敏子がこう語っている。<「今回の一件で、テレビを見た(本の発売前に彼女がワイドショーなどに顔出しをせずに出ていた)友だちや兄のファンの皆さんが心配され、お電話を頂いています。皆さん、"死人に口なしやね"などと仰っていて、私もそんな風に思ったりしないわけでもないですけれど、全然問題にしてないんですよ」>

   貴月は阿川に、何もいわないことで批判されることに対して、「高倉からの遺言や、生前から頼まれていたことを守っているということに尽きる」といっている。だが、彼女の一連の振る舞いが、高倉健の生前のイメージを壊していることに気付いていないようだ。高倉健が哀れに思える。そういってはいい過ぎだろうか。

「モーニングショー」玉川徹が鼻の穴に指突っ込まれてデレデレの美女外科医と同棲中

   玉川徹(56)という男がいる。朝の「モーニングショー」(テレビ朝日系)のコメンテーターで、辛口コメントで人気がある。彼は、テレ朝の社員である。宮城県出身で、京都大学農学部から大学院に行き、テレ朝に入社した。一貫して情報番組畑を歩み、現在に至っているそうだ。バツイチで現在は独身。

   文春砲が狙いを定めたのは当然だろう。10月30日(2019年)、「モーニングショー」の出演を終えた玉川は、玉川の自宅から40代の女性が乗ってきた黒のポルシェに乗り込むと、一路、横須賀市の佐島マリーナ近くの海鮮料理の店でランチを一緒に楽しんだという。

   親密な様子を週刊文春は追い続ける。彼女が玉川のほっぺを指で突く。そのうち彼女は、指を玉川の鼻の穴に突っ込んだのである。この決定的瞬間を週刊文春は捉えていた。その写真を週刊文春はご丁寧に、グラビア2ページで掲載しているのだ。これを出されると、辛いよな~男として。

   彼女は美容外科医だそうだ。週刊文春の取材はこれだけでは終わらない。外科医とは別に、20代の女性とも付きあっていたようだ。彼女はネットで「パパ活(食事や肉体関係など、デートの対価としておカネを受け取る)」をしているという。彼女は週刊文春の取材に、「パパ活」をしていることは認めているが、玉川とはそこで知り合ったのではない、肉体関係はないと話している。

   これだけ情報を集めた週刊文春は、玉川を直撃する。玉川は広報を通せなどとヤボなことはいわないが、後で広報に知らせなければならないからと、スマホで動画を撮り始めたという。美人外科医について、「一緒に暮らされている感じですか?」と聞くと、「それ言うの? 一般の方ですよ。そこは勘弁してほしいですね」。「ご結婚は?」「だから(笑)。それ今、微妙なところですから。わかるでしょう」

   知り合ったきっかけは「僕、足のイボ取りに行って」だそうだ。あまり色っぽくはない出会いだが、「まぁ優しいんですよ、すごく。一人でずっと生きてきたので、優しさに飢えて」いて、親しくなったそうだ。

   還暦間近の中年男の侘しさはわかる。玉川のコメントは「毒舌」といわれるが、私が聞いている限りでは、早河洋会長と親しい安倍首相への慮りがやや目立つ気がする。やはりサラリーマンだから致し方ないとは思うが。

元木 昌彦(もとき・まさひこ)
ジャーナリスト
1945年生まれ。講談社で『フライデー』『週刊現代』『Web現代』の編集長を歴任。講談社を定年後に市民メディア『オーマイニュース』編集長。現在は『インターネット報道協会』代表理事。上智大学、明治学院大学などでマスコミ論を講義。主な著書に『編集者の学校』(講談社編著)『週刊誌は死なず』(朝日新聞出版)『「週刊現代」編集長戦記』(イーストプレス)『現代の“見えざる手”』(人間の科学社新社)などがある。

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