【連載】ブロードバンド“闘争”東京めたりっく通信物語
25. MDF開放はNTT電話崩壊の引き金となった?

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「あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃
「あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃

   電話メタル回線の何処から何処までをNTTの守備範囲とするか、つまりADSL事業者は電話線のどの部分を借り出すのか、これはなかなかシビアな問題として接続交渉の最初の争点となった。我々はなるべくこの範囲を狭くしたかった。

   やや専門的になるが、NTTは当初、電話重畳(ラインシェアリングともいう)を認めない方針だった。

   つまり、家庭や職場で使用中の電話回線ではなく、新たに1本別に引いて、これでADSLをやらせたがった。

   理由は表向き電話品質の保証のためというが、本音は別の所にあった。新たに敷設される電話線には電話サービスは付かない。つまり、新たな工事が発生する。回線工事費や使用料も取る事が出来る。これが本音だろう。

   しかし、この要請は既に述べたように我々は拒否した。そもそもADSLには、別途の電話線工事は不要である。使用中の電話機(或いはFAX)のコードがささっているモジュラージャックから電話機(或いはFAX)を取り外して、そこにADSLモデムを差込みさえすれば、直ちに高速アクセス線として使えるものなのだ。

   パソコンはこのモデムにイーサケーブルを繋げばよいし、取り外した電話機(FAX)はモデムについたモジュラージャックに差し込めば、元通りになる。

   音声通話とデータ通信では使う周波数が違うので、スプリッタという周波数分離装置がモデムに内蔵されているから重ねて使う、つまり重畳が可能なのだ。(外付けの場合もある)電話品質は劣化しないことは確認済みであった。このように誰の手も借りず利用者自身が容易に設定できる。宅内工事は何も要らないからこそADSLは爆発的な普及が見込めるのだ。

   さすがにNTTはこれを引っ込めた。

   しかし、別途電話回線を1本引くことを金銭面で厭わなければ、この回線はデータ通信専用線として利用できる。

   上り(返信)と下り(着信)が同等の早さであるSDSL(対象型DSL)モデムを使えば、IP専用線となる。これはこれで大変に魅力あるサービスであり、TMCではSDSLをメニューに加えた。これについては後ほど詳しく触れる。

   次にNTTがこだわったのは、局舎内のスプリッタ。これをNTTの守備範囲内としたいと言い出した。これも我々は拒否した。

   スプリッタDSLAM(集合DSLモデム)とは一体である。これを分離されたのでは、DSLAMの主要機能の1つがNTTに支配されてしまう。

   NTT側の言い分は、スプリッタで分離されて電子交換機に繋がる音声通信の品質の劣化が心配だからだという。

   もしこれをのめば、事業者は事実上、NTT指定の(多分)高額のDSLAMを買わされる破目になりかねない。これは断固拒否したかった。

   郵政省の指導がここで効いた。「技術的など正当な理由なしに、他事業者の申し出る接続形態を拒否してはならない」というお達しである。NTTはスプリッタについてものまざるをえなかった。電話音声の品質保証というNTTが金科玉条のように持ち出す責任論は、接続交渉における防壁としては、役に立たなかったのである。

   この結果、NTTの電話回線の守備範囲は、宅内モジュラージャックから局舎内MDFまでとなった。MDFとは集合端子盤のことで、局舎管内のあらゆるメタル線が1か所に集められて整頓され、それまでは唯一交換機だけが接続対象であったのが、これからはDSLAMも接続対象に加わった。

   「MDFの開放」として、この合意は多くのNTT関係者を驚かせた。MDFはNTT数十年の電話事業のシンボルであり、誰も触ることが許されなかった「聖域」だ。時代が変わったとの感慨をTMCのNTT組から私は随分と聞かされた。

   これは多くの報道記事にも取り上げられ、それを見て自分もADSL事業参入を決めたという後発組誕生の重要な契機ともなった画期的な事件でもあった。

   ここで、MDF開放の意義を、明確にしておく。それは、NTTが延々とかん難辛苦を重ね開発してきた垂直統合型電話ネットワークの崩壊を意味する。

   末端(ラスト・ワン・マイル)のアクセス手段である加入者電話回線が、電話交換機から切り離されたのだ。

   従来この両者の接続点であったMDFは、単なる接続点から、電話回線交換ネットワークではない別種のネットワーク、つまりIPネットワークへの接続点となったのである。当然、電話機能は3分10円の電話交換機を通らなくてもIPネットワークにより殆どコスト・ゼロで実現されてしまう。

   その後、ADSLによるIP電話が爆発的に普及する段になって、NTTはこのMDF開放のもたらした破壊力の大きさに驚愕したに違いない。このように末端の地域アクセス網が、垂直統合から水平統合へと大きく変化した。

   NTTは大した抵抗もせず、このようにいとも簡単にMDF開放にかくも安易に踏み切ってしまったのだろうか。TMCへの侮りや、郵政省の強硬な指導も要因の1つだろう。しかし、最大の理由は、地域アクセス網のメタル線を光ファイバーにより迅速に置換するとの最高経営方針のもとに、メタル線はどうせ捨てるものでどうなってもかまわないと軽視していたことにあると私は推測する。そう推測するのは、接続交渉の第2の争点を巡る議論からである。


【著者プロフィール】
東條 巖(とうじょう いわお)株式会社数理技研取締役会長。 1944年、東京深川生まれ。東京大学工学部卒。同大学院中退の後79年、数理技研設立。東京インターネット誕生を経て、99年に東京めたりっく通信株式会社を創設、代表取締役に就任。2002年、株式会社数理技研社長に復帰、後に会長に退く。東京エンジェルズ社長、NextQ会長などを兼務し、ITベンチャー支援育成の日々を送る。

連載にあたってはJ-CASTニュースへ

東京めたりっく通信株式会社
1999年7月設立されたITベンチャー企業。日本のDSL回線(Digital Subscriber Line)を利用したインターネット常時接続サービスの草分け的存在。2001年6月にソフトバンクグループに買収されるまでにゼロからスタートし、全国で4万5千人のADSLユーザーを集めた。

写真
撮影 鷹野 晃
あのときの東京(1999年~2003年)
鷹野晃
写真家高橋曻氏の助手から独立。人物ポートレート、旅などをテーマに、雑誌、企業PR誌を中心に活動。東京を題材とした写真も多く、著書に「夕暮れ東京」(淡交社2007年)がある。

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