【連載】ブロードバンド“闘争”東京めたりっく通信物語
51.最後の一戦、SBI、USENはどうか

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あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃
あのときの東京(1999年~2003年)」 撮影 鷹野 晃

   三井物産との提携交渉破綻は、知る人ぞ知るという類の情報となって、TMCの未払い債務企業の間に瞬く間に浸透していった。5月に早々からそれこそ債鬼と化した感のある債権者たちがどっと押し寄せて来た。

   まだまだチャンスはある、命脈は尽きていないと理を尽くして説得しても、引き下がってもらうのに異常な困難さを感じるようになってきた。

   人材派遣の一部債権者は支払確証をせよと言って、目つきの悪い男どもが会社の応接室に篭城してしまう始末だ。これには私が1千万円だか2千万円だかの個人保証書なるものを振り出し、お引取り願った。

   また、投資家株主のうち、外資系会社数社は、私と小林君が連名で交わしていた株主間契約書を引っ張り出して、損失補填の義務が我々にあるなどと言い出し、何度も彼らの事務所に呼び出された。どう解釈しても株券放棄以上の賠償義務はないのだが、何だったのであろうか。その時のスキンヘッドで体格の逞しい外人兄ちゃんたちは流石に迫力があった。

   ごった返す八重洲本社とその混乱が、現業社員が集まっている上野ノルドビルに及ばないで済んだことは不幸中の幸いであった。オペレーションは整然と回っていた。月2千規模にまで落ちたがサービス提供会員は伸びていた。

   名古屋は大阪を抜いて7千ユーザー突破、もうすぐ1万だ、などの報告も上がってきていた。TMCは依然としてADSLの草分けであり、輝かしいベンチャーであり続けていた。

   一部ネタ元の割れた悪意の情報を流すものもいたが、マスコミあるいはメディアから来る取材は、4月以後、依然にも増して賑やかとなっていた。日刊紙大新聞や専門情報誌がそれまで流してきた「東めた神話」がどうやら雑多な週刊誌や月刊誌を刺激したらしい。

   すでに広報の前線を退いていた川村君の代わりに、平田佳代ちゃんという、慶應SFC出身の俊才と2人で平均2日に1回の割りでせっせと取材に応じていた。社会的評判は依然として上々であった。

   また、1周遅れのベンチャーキャピタルが株主割当増資棄権株への出資意向を持って何社か訪れていたから、会社のアドミ部門はけっこう忙しかった。

   このような状況の中、TMCの最後の命運を握る人物が登場する。私がTMCで唯一契約した個人コンサルタントである小野浩之氏だ。私とはまったく対照的な非理工系人間で、野村證券を振り出しに、会社というものの「生き死に」を商売の糧とする経営コンサルタントである。

   つい最近に結構な規模でコンサルティング会社を興したが、ITバブル崩壊で経営破綻に見舞われた。その折に1匹狼的な立場で、単身、私のところに売り込みをかけてきたのだ。私の窮状を察した知人から紹介されて数多く会った会社整理屋と、この男は一味も二味も違っていた。

   彼はTMCの価値を正確に把握していた。数字では読めない潜在的可能性を読み、経営者の言葉として表現することができた。会社整理屋というのは、いわゆるハゲ鷹ファンドで、破綻寸前の会社を捨て値で買付けたうえ、解体してバラ売りすることを生業とする。

   私がこの小野氏を信用した理由は、彼の人間性への直観的信頼感もあったが、ITバブルの上昇と下降の両局面で彼が現場を見てきた経験への信頼が大きかった。

   私が考える非主流の通信事業者をひととおり人脈込みで知悉していたのである。このあたりの知識は活字を通してしか私は知らなかった。

   私が小野氏に提示した事業譲渡の交渉条件は、

1.東京めたりっく通信のADSL事業を全面的に引き継ぎかつ発展させること
2.社員は全員再雇用すること、顧客サービスを中断させないこと
3.繰延べ債務約億円40億円の弁済をすみやかに実行すること
以上の履行を約束すれば、創業者株式(過半数を占める)は買取価格(額面)を最低価格として譲渡する、また、東條、小林の身分地位に条件はつけない。

というものであった。

   ここまで覚悟を決めると、外から色々な忠告をする人達も現れてきた。

   創業以来ある意味で同志関係にある総務省に泣きつくことも考えられた。公正取引委員会もある。しかし、役人に頭を下げるくらいなら、解体屋ハゲ鷹ファンドに売り渡したほうがましだ。そこまで落ちぶれたくはなかった。

   また、NTT地域会社に話をつける手もあれこれ考えられるであろう。まずは社会問題化である。NTTコミュニケーションをそそのかし、ATM回線を切らせ、マスコミのあのハゲ鷹ファンドより性質の悪い悪魔的煽情性に火をつける。経営破綻はみんなNTTが悪いからこうなったという訳である。

   そして政治力を動員しながらNTT地域会社に適当な条件で会社を引き取らせる筋書きである。あるいは、その恫喝をかけることで、同様の結果を得ることだ。しかし、こちらはもっと堪らなかった、可能性のあるなしではなく、我々のプライドが許さなかった。NTT独占を解体するために立ち上がったのだから、死んでも敵の情けを請うことは禁じ手だ。

   そうこうしているうちに、この小野氏を通して、2つの提携先候補に私は辿り付いた。一つは、SBI(ソフトバンクインベストメント)であり、他の一つは(株)有線ブロードネットワークス(現在のUSEN)である。こうして、水面下で、密かに最後の一戦に向けて私の闘志は高まっていった。


【著者プロフィール】
東條 巖(とうじょう いわお)株式会社数理技研取締役会長。 1944年、東京深川生まれ。東京大学工学部卒。同大学院中退の後79年、数理技研設立。東京インターネット誕生を経て、99年に東京めたりっく通信株式会社を創設、代表取締役に就任。2002年、株式会社数理技研社長に復帰、後に会長に退く。東京エンジェルズ社長、NextQ会長などを兼務し、ITベンチャー支援育成の日々を送る。

連載にあたってはJ-CASTニュースへ

東京めたりっく通信株式会社
1999年7月設立されたITベンチャー企業。日本のDSL回線(Digital Subscriber Line)を利用したインターネット常時接続サービスの草分け的存在。2001年6月にソフトバンクグループに買収されるまでにゼロからスタートし、全国で4万5千人のADSLユーザーを集めた。

写真
撮影 鷹野 晃
あのときの東京(1999年~2003年)
鷹野晃
写真家高橋曻氏の助手から独立。人物ポートレート、旅などをテーマに、雑誌、企業PR誌を中心に活動。東京を題材とした写真も多く、著書に「夕暮れ東京」(淡交社2007年)がある。

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