震災と日本人 倫理学者 竹内整一
連載(1) 「不可抗の威力」受けとめながら、なおしなやかに生きる

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   東北関東大震災で悲惨な被害を受けた人たちの優しさ、我慢強さが海外の驚きとなっている。日本人はなぜ、かくも辛抱強く、穏やかで、逞しいのか。日本人の倫理観をたどりながら震災ニュースを考える。

   3月11日午後2時46分、地震が起きたとき、私は山梨にいた。すぐにテレビをつけた。時がたつにつれて大津波の映像も入ってきて、この災害が尋常ならないものであることを知らせていた。「壊滅的」という言葉がはやくから飛び交っていた。映像を見続けながら、私は、寺田寅彦の文章を思い出していた。寺田は戦前、関東大震災の調査を行った物理学者である。彼は、「日本人の自然観」というエッセイのなかで、次のように書いている。

「鴨長明の方丈記を引用するまでもなく地震や風水の災禍の頻繁でしかも全く予測し難い国土に住むものにとっては天然の無常は遠い遠い祖先からの遺伝的記憶となって五臓六腑にしみ渡っている……」。

「自然に逆らう代わりに自然を師として」

   また、「地震によって惹起される津波もまたしばしば、おそらく人間の一代に一つか二つぐらいずつは、大八州国(日本列島のこと)のどこかの浦べを襲って少なからざる人畜家財を蕩尽(全部なくすこと)したようである」、とも。

   そのうえで寺田は、「人間の力で自然を克服せんとする」西洋の近代科学のあり方は、そのままでは、日本の「自然」には合わない、「自然の神秘とその威力を知ることが深ければ深いほど人間は自然に対して従順になり、自然に逆らう代わりに自然を師として学」び、そこから大きな「慈母の慈(いつくしみ)」「恩恵」といったものを受けることができるはずだと書いている。

   今のわれわれには失われた用法であるが、かつて「自然の事あらば」とか、「おのづからの事あらば」という言い方は、「万が一のことがあったならば」「不慮のことがあったならば」という「無常」や偶然の意味でも使われていた。

   むろんその当時でも、「自然」や「おのずから」という言葉は、一方では、今と同じように、ごく当たり前に、必然・当然に、という意味でもあった。ということは、こうした言葉遣いには、われわれ人間にとっては「万が一」と感じられる不慮の出来事であっても、天地・宇宙から見れば、あくまでも「おのずから」のことであると受けとめようとする受けとめ方があったと考えることができる。

「遠い遠い祖先からの遺伝的記憶」を思い起こす

   災害は、たしかに不慮の「無常」のことながら、それは如何ともしがたい「おのずから」の、その「無常」だということである。「天然の無常」――、そうあらためて「覚悟」して受けとめなおすとき、そこに、われわれには不可知の、しかし大いなる「慈(いくつしみ)」の働きが働いてくるはずだ、と。そうしたことをふくめ「遠い遠い祖先からの遺伝的記憶」を思い起こしながら、そこで、それぞれのできうるかぎりの「みずから」の努力をするならば、いかなる大災害であれ、祖先たちがみなそうしてきたように、必ずや立ちなおることができるという確信が寺田にはあった。それが、当時、X線研究では世界でもトップレベルの物理学者であった寺田寅彦の主張であった。

   「天然の無常」は「不可抗の威力」を持ってわれわれを襲う。生きているかぎり、生・老・病・死がまたそうであるが、われわれには、そうした「威力」を受けとめながら、なおしなやかに、すこやかに生きうる精神伝統が流れている。


##プロフィル 竹内整一
たけうち・せいいち/鎌倉女子大学教授、東京大学名誉教授。1946年長野県生まれ。専門は倫理学・日本思想史。日本人の精神的な歴史が現在に生きるわれわれに、どのように繋がっているのかを探求している。著書『「かなしみ」の哲学』『「はかなさ」と日本人』『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』『「おのずから」と「みずから」』ほか多数。最新刊は『花びらは散る 花は散らない』。


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