家を壊せ!原発帰還困難住民が迫られる非情・・・「被災家屋等の解体」

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   約12万人が避難先で不自由な生活を強いられている東京電力福島原発事故から4年目がたった。第1原発が立地する福島県の大熊町と双葉町、放射線物質が飛び散った浪江町などの帰還困難区域の解除は見通せないものの、放射線量が比較的低く除染を終えた楢葉町は今春以降に住民の帰還が実現しそうだ。

   ところが現実はそう簡単ではない。戻れない避難住民に対しても荒廃した家屋解体の選択を迫っている。「帰りたくても帰れない」なかで、家の解体という苦渋の選択を強いられる1組の高齢者夫婦を「クローズアップ現代」が取材した。3月11日ということで午後8時から45分間の特番として放送した。

東京・東雲で避難生活の老夫婦「浪江町で一生を終えようと思ってきたのに・・・」

   東京・江東区の東雲住宅には福島から避難してきた1000人ほどが暮らしている。なかでも多いのが、全住民が避難生活を送る浪江町の町民だ。21階の6畳2間に身を寄せる小野田廣治さん(86)とトキ子さん(78)夫婦は、東電の下請会社で共働きして浪江町に家を建て、40年間暮らしてきた。定年後は山でキノコ採り、庭で野菜を育てるのを楽しみに穏やかな年金生活を送ってきた。トキ子さんは「浪江町で一生を終えようと思ってきたが、爆発でこのような高層マンションに住むことになってしまった」と嘆く。そばで廣治さんが「帰りたい。田舎が好きだから」とポツリを言う。

   避難生活が3年を超えた昨年9月(2014年)、夫婦は町から送られてきた広報誌を見て戸惑った。「被災家屋等の解体申請」の知らせで、今年度中に解体申請をすれば助成金が出るという内容だった。高齢の夫婦にとっては、家の解体はふる里を捨てることを意味する。トキ子さんは「苦労して建てた家。直ぐに帰ることもできないし、どうしようかいろいろ考えました」と話す。

   夫婦はとりあえず半年ぶりに一時帰宅し、自宅の状況を確かめることにした。ところが、自宅を見て愕然とする。何者かがガラス戸を開けて室内を荒らし、誕生日や夫婦の記念日に買え揃えてきた着物をしまっておいた桐のタンスは空っぽだった。柱や梁はシロアリや小動物に食われ、床はイノシシに踏み荒らされていた。廣治さんは「もうこんなになっては、帰りたくとも帰れない。本当は帰りたいのだが・・・」と肩を落とし、トキ子さんは「老後にこんなことになるとは思わなかった。悔しいのと悲しいのと・・・」

   それからしばらくしてトキ子さんの口から思いがけない言葉が告げられた。「決めました。ふる里には帰りません」。そばにいた廣治さんは「えっ、帰れないか? 帰りたいよお」と渋ったが、トキ子さんは「家は壊すのよ。ネズミの被害が大変だし、雨漏りするし、帰れないんですよ。家を壊してもらって、整地して土地だけは残そうかなと思ったんです」。夫婦は解体申請書にサインした。

   その後、トキ子さんは同じ浪江町の人がふる里を思い詠んだ「ふるさと浪江」の詩を毎日のように口ずさむようになった。「ふる里離れ遠くへ来たよ ふる里はいいけど帰れない 帰りたいなぁわがふる里へ 帰りたいなぁわがふる里へ」

   21階からの東京の夜景は人によってはきれい見えるだろう。しかし、トキ子さんは涙をためてこうつぶやいた。「ここは夜景が一番きれいといわれていますが、私はふる里のポツリ、ポツリした明かりが恋しいです」

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