2024年 4月 24日 (水)

連載・世襲政治に未来はあるのか(4)
日本人は世襲が好き リーダーに能力求めない文化がある 作家・評論家の八幡和郎さんに聞く

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   日本の国会は「世襲王国」であることは間違いなく、その状況は当分は変化しそうもない。では、この世襲という制度は、どのようにして日本の政界に定着したのだろうか。そもそも世襲は悪いことなのか。

   仮にそうだとすれば、どうすれば改善できるのか。「世襲だらけの政治家マップ」(廣済堂新書)などの著作がある作家で評論家の八幡和郎(やわた・かずお)さんに処方箋を聞いた。

源氏物語の光源氏が日本のリーダーの理想像

八幡和郎さんは「世襲議員は単なる『遺産』以外に『負の遺産』を相続すべき」と話す
八幡和郎さんは「世襲議員は単なる『遺産』以外に『負の遺産』を相続すべき」と話す

―― そもそも、日本の政界にはなぜこうも世襲が多いのでしょうか。一般には「地盤(後援会)」「看板(知名度)」「カバン(政治資金)」の「3バン」が世襲候補にはそろいやすいからだとされますが、他に何か背景はあるのでしょうか。

八幡:大きく4つあると考えています。まず、日本人は世襲が好きです。「親の仕事を継ぐということはいいことだ」という価値観がある。例えば現職の国会議員が急死して、これまでまったく政治と無関係だった息子や娘が東京から地元に帰ってきて出馬を決めると、周辺の反応は「えらい!」となる。政治に限らず、日本社会一般に言えることです。
   第2は、リーダーに対して「表面的なもっともらしさ」を重んじる一方で能力を求めない文化があるという点です。
   源氏物語の光源氏が日本のリーダーの理想像だという笑い話もあるくらいです。光源氏の職は太政大臣、今で言う内閣総理大臣ですが、仕事ができる人物だったとは全く思えません。いかにも容姿が立派で思いやりがあって、ある意味「かっこいい」。今の世襲リーダーにも通じるものがあります。能力よりも、リーダーには「もっともらしさ」や「みんなが納得する」「何となく好感を持たれる」といった要素が重要視されてきたわけです。
   そういった要素を世襲の人は身につけやすい。見よう見まねで、それらしい雰囲気を出せるわけです。例えば安倍晋三首相や小泉純一郎首相は、首相秘書や官房長官といった仕事を通じて「首相はどういう仕事か」を、大まかに知ることはできましたが、難しい環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉を自分で責任を持ってやるといった「実務」経験はきわめて乏しい。

特別な才能がなくてもスキル身につく職業に世襲多い

―― 政治家以外にも世襲が多い職業はあります。政治家とそれ以外の職業で共通点はありますか。

八幡:歌舞伎役者は世襲できますが、オペラ歌手は基本的にはできない。これは、一般的な能力があれば、特別な才能がなくても歌舞伎役者になれることを示しています。日本の政治家にも難しいことはさせないので、後を継ぐためには「見よう見まね」でも何とかなる。そもそも要求水準が低い。
   江戸時代は学者や芸術者、スポーツまで世襲でした。お茶やお花の家元も同様で、こういった職業に特別な才能が必要ならば、そもそも家元の制度は成立しません。「特別な才能」は求められていません。
   3つ目は政党機能の不全です。本来であれば候補者を決めるのは政党の役割ですが、日本では個人後援会と政党がごっちゃになっている。例えば小渕恵三元首相の後援会が持っていた現金や職員は、本来ならば恵三氏の死去後、いったんは自民党本部のものにならなければならない。後援会の資金を親族が相続するのはおかしいし、秘書も自民党の職員でないとおかしい。ところが、実際は優子氏の個人後援会の資金や秘書として引き継がれている。

―― どうして党本部主導で恵三氏の後継候補者を決めることができないのでしょうか。

八幡:旧小渕恵三後援会の人からすると、秘書や資金がバラバラにならない形で「一括継承」してもらえるかが一番重要です。そのためには、組織が分裂するリスクを考えると、子どもを後継に立てるのが一番まとまりやすい。そうなると、「世襲しかない」となるわけです。

自民党には地盤を継ぐ人を競争して決める仕組みがない

―― 親族を擁立しなくても、公募や予備選挙といった方法もあるように思います。

八幡:自民党については、それは難しいのではないでしょうか。予備選挙と言っても、米国では半年~1年かけて行われるので、「元々無名だった人が知名度を得ていく」といったことも可能ですが、日本では「立ち会い演説会を1回やってすぐ投票」というのが関の山です。そうなると、新人候補は知名度を上げる機会がなく世襲後継者に勝てるわけがありません。地盤を継ぐ人を競争して決める仕組みがないわけです。

―― 他党についてはいかがですか。

八幡:民主党について言えば、党本部で一度に公募して、合格者を全国の選挙区に割り振る仕組みになっています。比較的よく機能していると言えます。ただ、民主党が全体として自分で適切に候補者を選考できているかというと、そうではありません。支援団体の日本労働組合総連合会(連合)が組織内で候補者を選んで、民主党はそれを受け入れるだけのことも多い。
   公明党の場合は、創価学会がその役割を担っている。「適切な候補者を選び出す」という点ではきちんと機能していると言えますが、組合員や学会員以外が候補者になりようがないという点は問題です。政党として候補者選びの機能があるのは共産党ぐらいでしょう。
   4つ目は、当選してからも世襲の方が出世が早いという点です。選挙区の有権者からすれば、たたき上げの人を送り込んでもなかなか偉くならないのに対して、「安倍さんの息子や小渕さんの娘であればすぐ大臣になれる」となる。これが世襲を助長している面があります。
   佐藤栄作内閣(1964~72)の前までは、当選回数が比較的少ない官僚やジャーナリスト、財界人出身の議員が閣僚に抜擢されることもありました。佐藤内閣以降、入閣には当選回数が重視されるようになったのですが、そのためには地元からすれば「若い人を押し込んで当選回数を稼がないと偉くならない」。その結果、首相に最もなりやすい人の条件は「父親が衆院議員で、早死にすること」となる。
安倍首相や、橋本龍太郎元首相、小沢一郎氏らが当てはまります。赤城徳彦元農相のように、1代飛ばして祖父の地盤を受け継いで若くして当選し、入閣するケースもありました。小泉内閣以降は一転、当選回数が無視されることも多くなったのですが、それはそれで、閣僚を抜擢する客観的な基準がないので、本人の能力ではなく、「誰々の子どもだから」という周囲が納得しそうな理由でしか抜擢ができないようになっています。

―― こういった状況は、日本に特有のものなのでしょうか。

八幡:イギリスは、党の中で評判のいい人が閣僚に登用されるため、世襲は多くありません。フランスは官僚や学校の先生といった公務員出身者が多い。本人の能力が重視されるので世襲は困難です。米国では個人の後援会があるため世襲は少なくありませんが、予備選などを経て、優秀でない世襲候補は淘汰される仕組みになっています。

サミットに参加する人はその国トップクラスの「学歴」

―― 世襲が多いと、どんな悪影響がありますか。

八幡:そもそも世襲と民主主義はなじみません。後援会や政治資金を相続税なしで引き継げるのは世襲でない候補と比べると不公正です。社会階層が偏るのも問題です。安倍首相が典型的ですが、東京で生まれ育ち、地元に住んだことがない。こういった特殊なキャリアの人が多くを占めるのは望ましくありません。

―― 世襲政治家の能力については、どうお考えですか。

八幡:トップクラスの政治家は、知的水準、専門知識、職業経験において、本来は一流の人がなるべき職業のはすです。ところが、2世の場合はほとんど何もないと言わざるを得ません。首相をやるためには法律、経済、歴史などトップクラスの大学や大学院レベルの知識が求められるはずです。サミットに参加する人で、広い意味でのその国トップクラスの「学歴」を持っていない人は、日本の他にいるでしょうか。
   例えば早野透・元朝日新聞コラムニストの著書「政治家の本棚」(朝日新聞社)によると、小泉元首相の読書は、ほとんど大衆歴史小説に限られると言ってもいい。日露戦争について知りたいと思ったら、真っ先に日露戦争を題材にした小説を読むわけです。
   安倍首相について言えば、2013年の国会答弁で、憲法学者の芦部信喜氏(1923~1999)の名前を知らなかったことが話題になりました。この質疑には「変なことを聞くな」といった批判もありましたが、安倍首相の世代では、最も有名な憲法の教科書の著者は芦部氏だったはずです。その時代の憲法学の最高権威の名前を知らなかったということは、憲法を勉強したことがないということに他なりません。
   福田康夫元首相は丸善石油(現:コスモ石油)で課長まで務めましたが、トップマネジメントの経験はない。首相や主要な政治家を務める前提としてふさわしい職業経験を持つ人は誰もいない。  松下政経塾出身者も、職業経験を積まないまま政治家のキャリアを重ねてしまう点で、同様の問題を抱えています。唯一の例外だと言えそうなのは、宮城県職員を辞めて松下政経塾に入り、議員に当選してから一度は公職選挙法違反で辞職した小野寺五典前防衛相ぐらいです。

―― 2世議員は、昔から能力が低いと考えられていたのですか。

八幡:最近の問題です。今では主な政治家が2世ばかりなので、難しいことが分からなくても問題が表面化しないようになってしまっています。ですが、いわゆる「三角大中福」の時代であれば、「大中福(=大平正芳、中曽根康弘、福田赳夫元首相)」は元官僚なので色々なことを知っている。田中角栄元首相や三木武夫元首相は官僚出身者に馬鹿にされないように必死で勉強を重ねてきた。宮沢喜一元首相は、「サミットに行ってみて、やっぱり英語だけではダメだと思いましてね...」と、フランス語を勉強していたといいます。ですが、今の自民党では教養や専門知識がなくても何も恥ずかしくない。ですから、勉強する必要がなくなっているわけです。
 そんな中でも、今の安倍首相は1次内閣の時と比べると英語が格段に上達しています。第1次内閣退陣後に努力を重ねたということで、少なくともこの点は評価できます。本来ならば、1次内閣発足までに身につけておくべきだったのですが...(苦笑)。

世襲議員は単なる「遺産」以外に「負の遺産」を相続すべき

―― では、世襲問題はどうすれば改善されるとお考えですか。有権者としては、どのようなことができるのでしょうか。

八幡:まず、2世であるということを、今よりはネガティブに評価することが必要です。ダメとは言わないまでも「必ずしも良いことではない」と思うことです。次に、世襲議員は単なる「遺産」以外に「負の遺産」を相続していることを有権者が認識すべきです。典型的なのが、田中真紀子元外相です。田中角栄元首相がロッキード事件で逮捕されて有罪判決を受けたことについて、真紀子氏が角栄氏についてどのような評価を口にするか有権者は注目すべきです。真紀子氏はロッキード事件について角栄氏を批判しないのであれば、「負の遺産」も相続していることになります。そうであれば、父親に関する批判も自分に向けられていると受け止めるべきです。それ以外にも、政策に関する勉強会を充実させるとか、「閣僚の世襲率が国会議員の世襲率を超えないようにする」といった、当選後の不公正を是正するようなルール作りも必要です。

―― 立候補段階ではいかがですか。

八幡:現役議員が任期途中で急に引退を表明した場合、候補者選考の時間が取れず、なし崩し世襲になることも多い。後任候補決めの手続きを事前に決めておくべきです。例えば「引退表明から1年以内に行われる選挙には世襲候補は立候補できない」と決めるなど、色々やり方はあります。
―― 世襲でない人にとっては「参入障壁」も高いです。
八幡:例えば「世襲議員に立ち向かう候補を応援する会」といったNPOを立ち上げて、世襲でない人を政党横断的に支援する運動を展開するのも一案です。他の仕事から政治家への転進を支援することも重要。具体的には「選挙に出ることで職業を失う」リスクを下げることが有効です。民間でも官庁でも、退職しなくても休職した上で出馬しやすくしたり、仮に落選しても元の職場に復帰できたりする環境づくりが必要です。

八幡和郎さん プロフィール
やわた・かずお 作家・評論家、徳島文理大学教授。東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現経済産業省)に入省。フランスの国立行政学院(ENA)留学。大臣官房情報管理課長、国土庁長官房参事官などを歴任後、テレビなどでも活躍中。
『本当は恐ろしい江戸時代』『本当は謎がない古代史』(ソフトバンク新書)、『愛と欲望のフランス王列伝』(集英社新書)、『江戸三〇〇藩最後の藩主』(光文社新書)、『歴代総理の通信簿』(PHP研究所)、『世襲だらけの政治家マップ』(廣済堂新書)など多数の著作がある。

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