サッカーで5年ぶりに7対0の大差 セルジオ越後「力がないならJ1諦めろ」

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   サッカーJ1で7対0の大差がついた試合があった。J1で7点差がついたのは5年ぶりで、歴史的なワンサイドゲームとなった。

   この試合を見たサッカー解説者のセルジオ越後氏は「力がないならJ1昇格を諦めろ」と厳しい言葉を投げかけている。

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    浦和はホーム・埼玉スタジアム2002で仙台を迎え撃った

浦和の興梠が前半でハットトリック

   セルジオ氏は2017年4月8日放送の「SPORTSウォッチャー」(テレビ東京)に出演し、7日のJ1第6節・浦和レッズ対ベガルタ仙台戦を受けて発言した。

   この試合は浦和が7得点0失点という一方的なゲーム展開になった。FW興梠(こうろき)慎三が前半のうちにハットトリックを達成するなど、スコア4対0で前半を折り返し、後半にも浦和はオウンゴールを含む3得点をあげた。スターティングメンバーの日本代表経験者は浦和9人に対し仙台は0人。地力で劣る仙台は守備重視の布陣で臨んだが圧倒された。

   J1で7点以上の差がついたのは12年の鹿島アントラーズ対コンサドーレ札幌の7対0以来5年ぶり。その前は09年の川崎フロンターレ対サンフレッチェ広島の7対0。さらにその前は07年の川崎フロンターレ対FC東京の7対0、横浜F・マリノス対横浜FCの8対1、さらにさかのぼると03年の大分トリニータ対ヴィッセル神戸の8対0で、滅多にあるものではない。

   セルジオ氏は「みんな忘れているかもしれないけど...」と、1993年のJリーグ設立当初の話を切り出した。韓国が1987年にプロリーグを設立した結果、代表チームが強くなったという歴史を前置きし、「日本のサッカー関係者も国内にプロリーグがなければサッカーワールドカップ(W杯)に出場できないのではないかということで、Jリーグが設立された」と、「日本代表強化」がJリーグの当初の理念だったと主張した。

「チーム数を増やすのは全然反対じゃない。ただ...」

   98年フランス大会でW杯初出場を果たし、02年には韓国との共催ながら自国開催を実現させ、プロサッカーが日本に浸透。当初10チームで行われていたJリーグは現在18チームまで増え、99年にはJ2(2部リーグ)、14年にはJ3(3部リーグ)もでき、地域にも根付き始めたが、セルジオ氏はここでその功罪を示した。

「チーム数を増やすのは全然反対じゃない。これは素晴らしい。地域でサッカーが見られるんだから。ただ、『J1来い』『J1に来られなかったら失敗だ』という理念も作ってしまった。ビジネスや権利のためかもしれない。それでチームの実力に格差が開き始めた。親会社がしっかりしていないところは赤字で、若い選手を育てる余裕がない」

   公益社団法人・日本プロサッカーリーグが公表しているJ1クラブの経営情報は、最新2015年度のデータで18クラブ中4クラブが純損失となっていた。

   セルジオ氏は最後に「Jリーグの理念をもう1度見直して頑張ってほしい。そうじゃなかったら日本サッカーはダメになる」と憂慮していた。

【2017年4月10日追記】
   J1の試合で7点差がついたのは、「8年ぶり」でなく、正しくは「5年ぶり」でした。12年に鹿島アントラーズ対コンサドーレ札幌の試合が7対0でした。見出しと本文を訂正しました。

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