2018年 7月 16日 (月)

「人として最低限の礼儀を欠いた行為」乙武氏がメディアに憤り、父の葬儀で受けたと明かす

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   「一生忘れないよ」。作家の乙武洋匡氏が、かつてメディアから受けた「『人として最低限の礼儀』を欠いた行為」に強烈な皮肉を送った。

   事は、乙武氏の父親の葬儀で起きた、という。

  • 乙武洋匡氏(2016年4月撮影)
    乙武洋匡氏(2016年4月撮影)

「悲しみに暮れる母に執拗にレンズを向ける」

   乙武氏はツイッターに2017年12月26日、

「メディアの皆様。亡父の葬儀に際しては、お知らせもしていないのにTシャツ、デニム姿で大挙して葬儀場に押しかけ、悲しみに暮れる母に執拗にレンズを向けるなど、『人として最低限の礼儀』を欠いた行為を誠にありがとうございました。一生忘れないよ」

と投稿。「17年近く前の話」という。

   「人として最低限の礼儀」とは、大相撲の元横綱・日馬富士による暴行事件での貴乃花親方の「態度」に関し、サンケイスポーツ25日付紙面のコラムで使われた文言だ。

   事件の被害者である貴ノ岩の師匠・貴乃花親方は、部屋前に連日集まる報道陣に沈黙を貫いている。これに同コラムは「『みなさん、寒い中ご苦労さん』とひと声でもかけたら印象がガラリと変わるのでは...」「親方にすれば『うっとうしい』だけかもしれないが、それが人としての最低限の礼儀ではないか」と主張。押し寄せるメディア側から苦言を呈した形となり、インターネット上では「勝手に押し掛けてきて何言ってんねん」などと批判が相次いでいた。乙武氏は上記ツイッターで、この件について報じたJ-CASTニュースの記事URLをシェアしている。

   さらに乙武氏は27日、父の葬儀では「彼らは喪章すらつけてくることはありませんでした」とし、他のユーザーがリプライで使った文言を引用しながら「『人の生き死には、家族や知人にしか関係無いんだから』メディアが押しかける必要もないのではないでしょうか。著名人本人の死ならまだしも」とも投稿している。

「やはり僕は激しい憤りを覚えたよ」

   乙武氏のこれまでのツイッターの内容によると、父が亡くなったのは01年5月。命日が近づくとふと思い出したように「来週の日曜日が命日。もう、13年。父には本当に感謝しています。いつもありがとう」(14年5月4日)とツイッターでも追慕している。

   11年12月20日には、当時観劇した作品を振り返りながら「劇中、ふたりの息子のことを思い浮かべつつ、十年前に亡くなった父の姿も脳裏に浮かんだ。もし、父が生きていて、酒でも酌み交わせたらなあ。まあ、いくら考えても叶わない夢だから、もし実現したらどんな会話をするのかを想像しながら湯船にでも浸かろう」とつづっていた。

   父の葬儀におけるメディアの振る舞いについては以前にも言及している。他のユーザーから「人生で一番ブチギレたこと」を尋ねられた11年5月29日、「父の葬儀のとき、喪服も喪章もないマスコミが大挙して押しかけ、勝手にバシャバシャと撮って、帰っていったことかな」と返答していた。

   また、ツイッター上で報道に関する議論をしていた13年1月25日、乙武氏は「悲しみの底にいる人々に取材をする際の態度の問題もある」とし、

「僕の父が亡くなった際、喪服も喪章もつけずに敷地内に踏みこんできた彼らに、やはり僕は激しい憤りを覚えたよ。悲しい事件に連日触れているから、感覚が麻痺してしまうのだろうけど」

と煮え返る思いを書いていた。

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