2024年 4月 25日 (木)

加計問題の不毛な議論の遠因、朝日・NHKスクープ合戦の不幸な生い立ち

   今年もっとも政界を賑わしたのは、安倍晋三首相が「岩盤規制に風穴を」と鳴り物入りで進めてきた国家戦略特区諮問会議が、首相の知人が理事長を務める加計学園による獣医学部新設を認めた問題だろう。その過程で「総理の意向」「これは官邸の最高レベルが言っていること」などと記録した文書が文部科学省に保存されていたことを報じたのが朝日新聞だ。内閣支持率が急落する大きな要因となるなど政権に打撃を与えたという点では、意味のあるスクープだ。

   ところが安倍政権は、火の手が上がったこの問題に幕引きを図るかのように通常国会を閉会し、野党の要求によって開催された閉会中審査でも、内閣府の当事者たちは一様に「言っていない」「記憶にない」などと否定し、決定打のないまま不毛な議論が繰り広げられ、真相は解明されずに越年となった。

  • 朝日新聞社
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背景の解説や経緯のまとめ記事がない

   真相解明が閉ざされた原因のひとつは、朝日のスクープの不幸な生い立ちにあると私は思う。もちろん、朝日のスクープがねつ造だとか、情報操作だと言うつもりはない。首相の知人による獣医学部新設を認める過程で公平性は担保されていたのかという疑惑を証拠で示したという点では価値あるスクープだ。

   だが、この報道の成立過程を追っていくと、メディア間の競争のなかで詰めの取材を十二分に経ないで掲載せざるを得なかったと思われる事情が、結果的に不毛な議論を招いてしまった可能性がある。

   朝日が「新学部『総理の意向』」 加計学園問題 文科省に記録文書 内閣府、早期対応求める」とする1面トップの特ダネを報じたのは2017年5月17日の朝刊だった。

   だが、私は奇異に感じた。

   この記事が掲載されたのは、締め切りが最も遅くて都内を中心とした地域に配られる14版だけなのだ。大きなスクープを打つ場合、途中で情報が漏れるのを防ぐために14版だけ載せるケースが全くないわけではないが、この記事で違和感を抱いたのは、そのことではない。

   内容があまりに薄いのだ。新聞社が満を持して特ダネを放つ場合、その記事の持つ意味や背景を解説して、その価値を読者にわかりやすく伝える工夫をするのがふつうだ。これまでの経緯をまとめた記事も必要だろう。だが、それらがすっぽりと抜け落ちている。

   なにより、文書に登場してくる当事者や、「総理の意向」などを文科省側に伝えた内閣府関係者のカウンターコメントが、1行も載っていない。当事者たちに内容を当てる時間さえなくあわてて作った突貫工事にも見える。

   後で知ったことだが、実はその前日の23時、NHKがニュースで、官邸の関与を示す文書を報じている。何を伝えたいのか、よくわからないニュースだ。

   「文部科学省の審議会 設置予定の獣医学部"課題ある"」として、国家戦略特区で認められた加計学園の獣医学部の設置について審査している文科省の審議会が、定員や教員の体制に課題があるとの報告書をまとめた、という流れの中で、唐突に文科省の文書が画面に現れ、アナウンサーがこう読み上げた。

「(獣医学部設置の可否についての)選考の途中だった昨年9月下旬、内閣府の担当者が文科省に対し、今治市に設置することを前提にスケジュールを作るよう求めたやり取りが文書で残されています」

   画面には、「藤原内閣府審議官との打ち合わせ概要(獣医学部新設)」と題された文書が映し出され、「最短のスケジュールを作成し、共有いただきたい(中略)これは官邸の最高レベルが言っていること」と記されているはずなのだが、個人名と「官邸の最高レベルが言っていること」の部分が塗り潰されている。

   文科省の審議会のニュースに、国家戦略特区の選考過程の問題を加えるなど、通常ではありえない構成になっている。

NHKのニュースが出てしまったため

   だが、このニュースは朝日を慌てさせるには十分だった。

   2か月前には、一連の文書を入手していたと言われる朝日は、急きょ14版に向けて記事を作成して突っ込んだようだ。NHKが曖昧ながらも先んじて放送したのだから、朝日としても追いかけなければならない。23時に放送されているから、締め切りの最も遅い14版に間に合わせるために、文書の概略を示しただけの記事になってしまった。

   NHKが、いつこれらの文書を入手したのかはわからないが、23時のニュースで流した「内閣府審議官との打ち合わせ概要」の文書には、開催された日時や出席者した内閣府や文科省の官僚名も示されている点では、朝日のものより信憑性が高い。これも後にわかるのだが、NHKはすでにこのとき、国家戦略特区の選考過程は「加計ありきだった」と、後に疑問を呈する前川喜平・前文科事務次官のインタビューの撮影も済ませていたという。もし、これらを朝日がスクープを放つ前日のニュースで放送していたとしたら、完全にNHKのスクープになっていたはずだ。

   朝日とNHKの特ダネ競争はまた、調査報道の問題点も浮き彫りにしている。

   調査報道に定石があるとすれば、入手した資料が本物であるかどうかの確認が最優先課題であるのは言うまでもない。さらに、そこに書かれていることを当事者や関係者が認めるかどうかが成否のカギを握る。ところが朝日は、NHKに先を越されて報じられたために、資料が本物である裏付けは取れたものの、最終的に関係者に当たる作業に取り掛かかる前に報じざるを得ない状況に陥ってしまったようだ。

   今回の文書は、あくまで官邸や内閣府の幹部が文科省に伝えた言葉を文科省の担当者が記録に残していた、いわば又聞きの二次情報だ。かといって、これを発言した当事者に認めさせるのは容易ではない。だが、周辺の人間関係や政治的なしがらみのなかで、秘密裏に取材に応じてくれる人物はいるはずだ。最も肝心なのは、当事者たちに抜き打ちで、しかも同時に当たることだ。一連の文書の存在を知らない当事者たちのコメントのどこかに、綻びは生まれることがある。記事が出てしまってからでは、いくらでも口裏を合わせることができる。

共倒れのケースとは

   複数のメディアが同じ資料を入手した場合、裏付け取材や関係者を認めさせる時間的な余裕がないから、共倒れになるケースが少なくない。調査報道は単独での資料入手が不可欠と言われるのはこのためだ。結果的にNHKと朝日が競合(他にも持っていた新聞社があるらしい)したことによって、不十分なまま世に放たれたことになる。

   現在までのところ、安倍首相が自らの口で「加計学園をよろしく頼む」と指示したことを示す一次資料は存在しない。明らかになっている資料をもとに言えるのは、獣医学部の新設に抵抗する文科省を説き伏せるために「総理のご意向」をちらつかせて虎の威を借りようとしたか、内閣府の幹部や官僚が「安倍首相のお友だち」であることを前提とした忖度があったかのどちらかだ。

   私自身、安倍首相が直接的に「よろしく頼む」などと指示を出したとは思っていない。だが、どこかで「忖度」が生まれ、「加計ありき」で進められた疑いはあると思う。せっかくの岩盤規制の風穴をあけながら、不公平な形で認定したとしたら、その風穴は二度と通れない歪んだものになってしまいかねない。

   米国の歴史学者でファシズムやナチズム、ホロコースト研究で知られるティモシー・スナイダーの著書「暴政」(慶應義塾大学出版会・池田年穂訳)に書かれていた言葉がある。

「忖度による服従が意味するのは、熟慮もせずに新しい状況に本能的に適応することなのです」

   筆者はファシズムなどの暴政が形成されていく過程では、権威主義的な匂いを感じ取った官僚だけでなく市民までもが本能的に順応するための忖度を重ねていった結果、「暴政」はいとも簡単に浸透して不可逆的な状況に陥ってしまう。これは歴史的考証に基づいた警告だと指摘している。

   安倍政権を「暴政」と決めつけるわけではないが、権威主義に結びついた忖度は国のあり方を歪めてしまいかねないというのは示唆に富んでいる。

(ノンフィクション作家・辰濃哲郎)

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