保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(14)
ビデオメッセージが提起した「根本問題」

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「人間天皇」として国民の前に立つ今上天皇

   しかしこのビデオメッセージは今上天皇の全存在をかけた「人間宣言」ではなかったかと考えると、これからの天皇のあり方に根本的な問題を提起しているといっていいだろう。

   現行の天皇に関する法体系は再検討が必要だともいえる。現在の憲法と旧皇室典範とが支えになっていること自体、矛盾があると、天皇自身が苦言を呈したことになるからだ。明治、大正、昭和とそれぞれの天皇が主体的に意思を国民に向けて、表すことはなかった。そのような意思表示は天皇が主権者として、あるいは大元帥としての立場から、行い得ないと慣例化していた。もしそのような意思表示が日常化したならば、まさに日本の政治、軍事は天皇親政そのものになってしまう。例えば昭和天皇は、立憲君主制の枠の中にいるのではなく、天皇は権力の主体としてこの国の独裁者となってしまう。20世紀の君主制のあり方をみても、それは常に存立の危機と裏腹の関係だといっていいだろう。

   しかし今上天皇はこの国家の主権者ではなく、むろん大元帥でもない。「国民統合の象徴」であり、人間天皇として国民の前に立っている。そう考えれば「人間」としての意思表示は当然ということになる。今上天皇自身によって、天皇制のあり方は従来とは異なった形になっていく予兆が、あのビデオメッセージにはあったと結論づけられる。むしろこれからは国民の側が、象徴天皇の道を歩んできた戦後の歴史を通じて、天皇との間にどのような回路や絆つつくりうるのか、が歴史上では問われていることになる。(第15回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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