2018年 12月 19日 (水)

保阪正康の「不可視の視点」
明治維新150年でふり返る近代日本(22)
ポツダム宣言受諾で目指した 「近代日本が選択した道」清算

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   東條英機内閣退任のプロセスを追うと、近代日本の矛盾が顕になってくる。たとえば昭和10年代の内閣更迭は、大体が陸軍が次期大臣を推挙しないことで自在に内閣の生殺与奪の権利を手にしていた。それは陸海軍大臣現役武官制を錦の御旗としての暴挙ともいえた。ところが東條内閣の倒閣では、天皇の命により内閣に重臣級の大物を入閣させることになったが、その大物たちが一様に辞退し、東條にそっぽを向いた。一方で、そのような大物を入閣させるために、東條首相は大臣を辞めさせなければならなかった。つまりポストを開ける必要があった。その対象になったのは岸信介商工大臣である。

  • ノンフィクション作家の保阪正康さん
    ノンフィクション作家の保阪正康さん
  • 大日本帝国憲法は軍事に関してはわずか二つの条文しかなかった
    大日本帝国憲法は軍事に関してはわずか二つの条文しかなかった

憲法の規定を逆手に取って居座った岸信介

   東條たち軍事指導者は岸に辞任を迫り、そこに大物閣僚を据えようと図った。それで天皇の信頼が得られると考えたのである。ところが岸は辞表を出さない。大日本帝国憲法のもとでは、閣僚と言えども天皇に責任を負っているのであり、首相の命令で辞めさせるわけにはいかない。岸はそれを逆手にとって居座りを図ったのである。東條の命を受けた政治将校は岸に脅しをかけている。岸が辞めないのは内大臣の木戸幸一が後ろから操っているとの説も流された。長州閥が怒りを込めていやがらせをしているとの見方もされた。結局東條内閣は倒れるわけだが、このプロセスからわかるのは、かつて陸軍が用いて内閣を倒した手法が、今や巧妙に使われて東條内閣は倒れたということだ。

   近代日本が選択した帝国主義国家は軍事主導体制を維持するために、法体系が軍事の側によって都合よく解釈されてきたのだが、戦争末期に近づくにつれ、それがほころびを見せていった。ありていに言えば、軍が内規、あるいは既得権益として用いた手法は大日本帝国憲法の精神とは明らかに反していた。

   この憲法は軍事に関してはわずか二つの条文しかない。11条と12条である。天皇が統帥することを謳った11条、軍の編制などの権限は天皇にあることを明確にした12条、それが柱になっているだけで、細部にわたっては軍事の側に裁量が委ねられていたのである。

   それをいいことに勝手放題、というのが昭和の軍事指導者の手法でもあった。陸海軍大臣の現役武官制は慣例として認められても、内閣を自在に操るのは11条違反ということもできた。あるいはこの手法は憲法を死滅させた状態に追い込んだという言い方もできた。

終戦時には崩壊していた昭和の政治体制

   軍事ファシズムとか超国家主義と評される昭和の政治体制は、軍事の横暴によってすでに崩壊していたのである。戦争に負けたから崩壊したのではなく、崩壊していたから戦争があれほど悲惨な状態にまで続いたのであった。

   東條内閣崩壊に至るプロセスから窺えるのは、軍事が一切の制限や枠組みを無視して国家を動かした時に、そこには「軍事イコール暴力」といった図式が鮮明に浮かび上がってくるのである。それを阻むために昭和天皇と政治の側がどれほどのエネルギーをつぎ込んだかは、日本の終戦時の構図を見るとよく理解できる。東條内閣の後は小磯國昭内閣が、そして終戦の役割を担った鈴木貫太郎内閣と続いていくのだが、特に鈴木と天皇はまさに決死の覚悟で戦争終結にもっていった。その間に沖縄の玉砕戦、広島、長崎への原爆と続いたのである。

   近代日本の選択した道がその終焉を迎えるにあたり、いかに苦悶したかをまずは私たちは知っておくことが必要になるだろう。そのことは1945(昭和20)年7月26日に米英中国の三カ国によって出されたポツダム宣言の受諾をめぐる闘いの中に見事なまでに凝縮されている。いわばこの闘いは「天皇と鈴木貫太郎の政治の側と陸海軍の本土決戦派の軍の側との対立」であると同時に、近代日本が選択した道の清算だったのである。この視点は、さらに分析するならば日本が、20世紀の常識である「文民支配」獲得の闘いでもあったのだ。

   この間に特筆すべきことは、2回の御前会議とそれに伴う陸軍の強硬な態度の硬直性である。天皇の意志は宣言受諾に傾いていて、政治の側の意見もそれに従っているというのに、あれこれ注文をつけて軍事の継続を主張する。この背景を見ると、陸軍大臣の阿南惟幾に対して徹底抗戦を主張する中堅幕僚たちが突き付ける論理はすでにこの国の将来を考えているとは言い難く、破滅にまで突き進もうとの異様さも感じられる。その心理にはどのような考えが内在しているのか、歴史的には説明がつかない。

   中堅幕僚たちは、現実には権力から身を引いている東條の復権を考えているのである。東條自身、昭和20年8月12日から13日ごろまでの間、微妙な表現の一文を残していたりするのである。そのような内容をつぶさに検証することで、明治草創期の国造りがいかなる形で反映しているかもわかってくるように思う。(第23回に続く)




プロフィール
保阪正康(ほさか・まさやす)
1939(昭和14)年北海道生まれ。ノンフィクション作家。同志社大学文学部卒。『東條英機と天皇の時代』『陸軍省軍務局と日米開戦』『あの戦争は何だったのか』『ナショナリズムの昭和』(和辻哲郎文化賞)、『昭和陸軍の研究(上下)』、『昭和史の大河を往く』シリーズ、『昭和の怪物 七つの謎』(講談社現代新書)など著書多数。2004年に菊池寛賞受賞。

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