2019年 10月 14日 (月)

兼高かおるさん死去、90歳 戦後海外旅行ブームの火付け役

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「私のだんなさまは『世界の旅』でした」

   「兼高かおる世界の旅」は放送界の海外旅行番組のはしりだった。最初の取材で羽田空港を出発したときはプロペラ機。派手な横断幕で見送られた。今のように現地コーディネーターなどおらず、取材、演出、語りなどを一人でこなした。兼高さんの「...ですのよ」という上品な語り口も魅力になってファンを広げた。ミス・ユニバース日本代表になったタレントの萬田久子さんや、俳優の神田正輝さんらも子どものころ、この番組で海外への夢をふくらませたという。

   64年に海外旅行が自由化し、70年にはジャンボ機が就航して本格的な海外旅行ブームの幕が開く。そうした中で、「すばらしい世界旅行」(日テレ、66~90年)、「なるほど!ザ・ワールド」(フジ、81~96年)、「世界ふしぎ発見!」(TBS、86年~)など多くの海外紀行型番組が続いた。最近ではBS放送でいくつもの旅番組が競い合うなど、テレビの必須コンテンツとなっている。

   番組が続いていたころ、兼高さんの生活の99パーセントは「世界の旅」で占められ、日本にいないことが多かった。帰国した時も、番組の準備や編集などの作業で追われた。番組が終わった時は62歳。後年、著書『わたくしが旅から学んだこと』(小学館)では、こう振り返っていた。

「私のだんなさまは『世界の旅』でした」
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