2019年 8月 23日 (金)

安田講堂事件50年、あのとき何が起きていたのか 法学部出身者が相次ぎ「東大闘争」回顧本

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   東大安田講堂の攻防戦から半世紀。このところ当事者による東大闘争の回顧本が相次いでいる。中でも目立つのは超エリートとされる、法学部出身者による闘争体験記だ。それぞれ過去の逮捕歴も明かしている。

   著者はいずれも70歳前後のシニア世代。本人や関係者がおおむね現役を退き、気分的にも当時のことを思い切って書けるようになったことが大きいようだ。

  • 1969年1月19日の東大安田講堂(写真:Fujifotos/アフロ)
    1969年1月19日の東大安田講堂(写真:Fujifotos/アフロ)

東大生逮捕「わずか9人」は本当か

   安田講堂攻防戦は1969年1月18、19日の二日間にわたって繰り広げられた。数百人の学生が講堂内に立てこもり、封鎖を解除する8500人の機動隊と対峙した。68~69年に全国の大学で多発した学園闘争を象徴する事件として有名だ。

   2018年末に出版された『東大闘争 50年目のメモランダム――安田講堂、裁判、そして丸山眞男まで』(ウエイツ刊)は、実際に安田講堂に立てこもって逮捕され、実刑判決を受けた和田英二さんの体験記だ。1968年に東大闘争が始まったときは法学部の3年生だった。7月に東大全共闘が結成されると、もともとノンポリで、マルクスも吉本隆明も読んだことがなかった和田さんも法学部闘争委員会(法闘委)に参加した。現在は自由業(東大闘争研究家)だという。

   和田さんが特に力を込めて調べているのは、安田講堂事件の逮捕者数だ。当初はマスコミによってばらばらだったが、377人と結論づけている。そのうち東大生については「わずか9人」とか「20人」などと報じられたことがあったが、実際には65人が起訴され、逮捕者は80人以上。法学部だけでも20人が捕まったという。

   和田さんは未決囚として中野刑務所に69年8月まで勾留され、独房生活。72年に控訴審判決が出て75年に執行猶予期間が満了した。「私は六九年から六年かけて、安田講堂攻防戦の責任をとったことになる」と書いている。

卒業試験をボイコット

   2019年1月に出た『歴史としての東大闘争――ぼくたちが闘ったわけ』(ちくま新書)も、法学部の活動家だった富田武さん(成蹊大学名誉教授)の回顧本だ。安田講堂事件の時は4年生。少し前に別の事件で逮捕されていたので、立てこもりには加わっていない。「守備隊に入ることを覚悟していただけに、複雑な気持ちだった」という。その後の卒業試験はただ一人、ビラと立て看板でボイコットを宣言したというから、当時の法学部生の中では有名人だったようだ。卒業後は、40代半ばになって大学の教職に就くまでに、長く様々な社会運動に関わったことも明かしている。

   大野正道・筑波大名誉教授による『東大駒場全共闘 エリートたちの回転木馬』(白順社)も、やはり元大学教授による回想録だ。駒場時代のクラス闘争委員会の話が中心になっている。富山の名門、富山中部高校では「50年か100年に1人」と言われた大秀才。1968年に入学した大野さんは、ほどなく東大闘争とベトナム反戦運動の大渦に巻き込まれ、「学生解放戦線」に属すようになる。安田講堂事件の時は、神田カルチェラタン闘争という街頭での支援闘争のメンバーだった。

   69年6月、ASPAC(アジア太平洋圏閣僚会議)粉砕闘争に参加、そこで逮捕、起訴されたことをきっかけに活動から足を洗う。「我々は力及ばずして負けた。負けは負けで、一から再起を図るしかない」。法学部に進んでからは勉強に専念し、学究の道を歩んだ。学部時代は超優秀な成績で、そのまま有給の助手になる資格があったが、まだ刑事被告人だったので、国家公務員の道は閉ざされ、大学院に進むしかなかったという。

なぜ、いま語りたいのか

   それぞれの著者に共通するのは、東大闘争についての強く深い思いだ。回顧録には実名や仮名で多くの関係者も登場、いろいろ興味深いエピソードも出て来る。

「語られることがなかった、あるいは、誤って語り継がれた東大闘争の真実を・・・当時の感覚が微かにでも残っているうちに...書いておきたい」(和田氏)
「私の語り得る限りの記録を残すことで、全共闘運動とは何かと言う疑問に対する、私なりの返答として書いたものです」(大野氏)

   50年という歳月も節目になっている。「当事者の年齢というか元気さ加減を考えると、書く方も、最大の読者層が読んでくれるのも最後かなという気がした」(富田氏)。

   こうした当事者の回顧録のほかに、多数の東大関係者らにヒアリングした研究書も昨年刊行されている。『東大闘争の語り』(新曜社)だ。著者の小杉亮子さんは社会学者で日本学術振興会特別研究員(PD)。当時の東大生35人を含む44人が実名や匿名でインタビューに応じている。1人について1~8時間、なぜ社会的関心を持つようになったか、個々人の生活歴や「闘争後」についても踏み込んで聞いている。

   回顧本は日大関係でも昨年、芸術学部闘争委員会の委員長だった眞武善行さんが『日大全共闘1968叛乱のクロニクル』(白順社)を出版、そのほか全共闘のメンバーだった三橋俊明さんが『全共闘、1968 年の愉快な叛乱』『日大闘争と全共闘運動――日大闘争公開座談会の記録』(ともに彩流社)を出している。

   また全共闘運動の導火線になった1967年の羽田事件については、『かつて10・8羽田闘争があった――山崎博昭追悼50周年記念』(合同フォレスト)が寄稿篇と記録資料篇の二分冊で刊行されている。

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