2019年 11月 16日 (土)

GT-RとフェアレディZの半世紀 日産・旧プリンスの「切磋琢磨」が生んだ2大スポーツカー

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   日産を代表する看板スポーツカーGT-R(当初は日産スカイライン2000GT-R)とフェアレディZは、いずれも1969年の発売で、生誕50周年となる。GT-RもZも、オイルショックなどで生産を休止した時期もあったが、半世紀にわたり日本を代表するスポーツカー。これが2車種も世界に君臨するのは、紛れもない日産のヘリテージ(遺産)といえる。

  • GT-Rの50周年モデル(プレスリリースより)
    GT-Rの50周年モデル(プレスリリースより)
  • フェアレディZの50周年モデル(同)
    フェアレディZの50周年モデル(同)

同じ会社の中に「ライバル」が共存

   歴史的なルーツをたどれば、スカイライン2000GT-Rは日産と合併(1966年)する前の旧プリンスの系譜を受け継ぐスポーツセダンだ。一方のフェアレディZは日産が生んだ戦後のスポーツカー「フェアレディSP」の後継モデルで、いずれも1969年にデビューした。合併直後の日産社内は旧プリンスと従来の日産がライバル関係にあり、同じエンジンを積みながらも、違うボディーとシャシーを使ったGT-RとZが切磋琢磨して技術的な進歩を果たした。

   旧プリンスは現在のSUBARU(スバル)と同じく、戦前は日本最大の航空機メーカーだった中島飛行機の流れを汲む自動車メーカーで、優秀なエンジニアを抱えて技術力に優れたが、販売が振るわず、日産が吸収合併した。旧プリンスはスカイラインのほか、日産初のFF車チェリーを開発。「技術の日産」を自認する本流の日産はブルーバードやサニー、フェアレディZで旧プリンスに対抗した。

   同じ日産社内でライバル関係にあったGT-RとフェアレディZが、今日まで日本を代表するスポーツカーとして世界で愛されている。トヨタやホンダにも、これほど長寿の二枚看板は存在しない。

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