2020年 10月 22日 (木)

プロ野球「優勝ビールかけ」の起源 ノムさんとの意外な関係

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   セ・パ交流戦は2019年6月25日、全日程を終え順位が確定した。今年はパ・リーグ首位のソフトバンクが圧倒的な力を見せ2年ぶり8度目の交流戦優勝を果たした。ソフトバンクは今シーズン初のタイトル獲得となったが、球団主催の祝勝会はなくナインはそれぞれ個人的に祝杯を挙げたことだろう。シーズン半ばに開催される交流戦では、優勝してもビールかけなど大々的な祝勝会を行う慣習はない。美酒に浸るのはリーグ優勝、日本一までお預けとなるが、そもそも優勝時になぜビールかけで祝うのか。J-CAST編集部はその起源や理由を調べてみた。

   1949年のシーズンオフ、日本プロ野球界は大きな転換期を迎えた。球界がセントラル・リーグとパシフィック・リーグに分裂し、現行の2リーグ制となった。これに伴い、50年からセ・パの優勝チームによる日本一決定戦「日本選手権シリーズ」(現日本シリーズ)が開催されるようになった。2005年にはセ・パ交流戦、07年からはクライマックスシリーズ(CS)が導入され、現行の形となった。

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南海日本一で監督が洗礼受ける

   日本選手権シリーズが開催されるようになった当初、日本一に輝いたチームは祝勝会でビールなどのアルコールで祝杯を挙げるのが通例だったという。50年代前半の新聞や書物を調べてみても、優勝してビールかけを行ったという記述は見当たらない。ビールかけの起源を追跡してみると、元南海ホークス監督の鶴岡一人氏が62年に発表した著書にビールかけが行われたとみられる記述がある。

   鶴岡氏の著書によると、ビールかけが行われたのは南海が59年の日本シリーズで優勝を決めた夜だったという。南海は巨人に4連勝で日本一を決め、都内の宿舎で選手らによる「祝勝会」が行われた。選手はアルコールが入ってテンションが高かったのか、鶴岡氏は著書の中で、当時南海の主力選手だった杉浦忠氏や野村克也氏らに頭からビールを浴びせられたことを振り返っている。ビールかけの起源には諸説あるものの、これが日本プロ野球のビールかけの始まりだといわれている。

   この新たな「祝杯法」を日本に持ち込んだのが、南海の選手であったカールトン半田氏だったといわれている。半田氏は日系米国人二世として米ハワイに生まれ、58年から南海でプレー。59年、60年には連続でオールスターに出場する活躍を見せ、南海の日本一に大きく貢献した。当時、MLBではシャンパイで祝杯を挙げる「シャンパンファイト」という風習が定着しつつあり、これを知っていた半田氏が「シャンパンファイト」を真似てビールかけを行ったようだ。

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