2024年 4月 26日 (金)

岡田光世 「トランプのアメリカ」で暮らす人たち 「Donald J. Trump」のプレートを踏みつける女の子

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   2019年9月8日に閉幕したテニスの全米オープン(US Open)。ニューヨーク市クイーンズ区にある会場、USTA(全米テニス協会)ナショナル・テニス・センターの歩道には、「(Andre Agassi(アンドレ・アガシ)」、「Billie Jean King(ビリー・ジーン・キング)」ら歴代優勝者に混じって、寄付をした人たちの名前を刻んだプレートが、ずらりと地面に埋め込まれている。

  • Donald J. Trumpのプレートを踏みつける少女たち
    Donald J. Trumpのプレートを踏みつける少女たち
  • Donald J. Trumpのプレートを踏みつける少女たち

「こいつ、大嫌い!」

   開幕前に選手らの練習を見たあとでそこを歩いていると、そばにいた7歳くらいの黒人の女の子が、そのひとつに目を止めて、大声で叫んだ。

「What are you doing here!?(こんなとこで、あんた、何してんのよ!?)」

   そして、「I hate him!(こいつ、大嫌い!)』とののしりながら、そのプレートを何度も激しく踏みつけた。母親は、その様子を楽しそうにカメラに収めていた。

   プレートには「Donald J. Trump」と刻まれていた。

   母娘が立ち去った数分後、同年齢くらいの白人の女の子がふたり、父親らしき男性と一緒に歩いてきた。同じプレートに目をやると、「What is this!?(何よ、これ!?)」と叫んだかと思うと、ふたりで交互に激しく踏みつけ始めた。

   少女たちに近寄り、 「You don't like Trump?(トランプが好きじゃないの?)」と声をかけると、そろって「No!」と口をへの字に曲げた。「Why?(どうして?)」と聞けば、「He's a mean person!(意地悪なやつだもん)」と眉をひそめて憎々しげに答える。

   「どうしてそう思うの?」と尋ねると、「お母さんがいつも、そう言ってるわよ」とひとりが目を合わせずに答えた。

   一緒にいた男性が、「そんなこと言うもんじゃないよ。彼は寄付してくれたんだから」と少女をたしなめた。ふたりは友だち同士で、彼はもうひとりの少女の父親だった。

「怒り」は世の中を変えるか

   全米オープン閉幕日の9月8日、マンハッタンのミッドタウンにあるプロテスタント教会の礼拝に参加した。五番街をはさんで、トランプタワーは目と鼻の先だ。牧師は「アメリカ人の多くが今、怒りを感じている」と語り始め、最近の2つの世論調査を引用して、「アメリカ人の84%が、10年前より強い怒りを感じている」、「70%以上のアメリカ人が、政治体制に深く煮えたぎるような怒りを感じている」と話した。

   さらに自分の友人に触れ、「ある特定の政治家が彼女を怒らせるたびに(それに腹を立てていても仕方がないので前向きに)、好きな慈善団体に寄付することにしたけれど、『怒り心頭に達して、もう破産寸前だわ』と嘆いている」と笑わせた。

   牧師があえて政治家の名を口にしなくても、「トランプ大統領」のことだと誰もがわかったので、会衆から笑いが起きた。具体的に、不法移民の親子引き離し政策や銃規制にも触れた。

   牧師は、「『怒り』は目的を達成する可能性や希望を、逆に奪ってしまう」と切々と訴える。「『怒りを捨て去ること』は、『無関心になること』や『不正を見逃すこと』とは違う。それを誰よりも心得ていたのが、非暴力をモットーに人種平等のために闘ったマーティン・ルーサー・キング・ジュニアだったのです」

   そして、「私たちが『怒り』ではなく『愛』をもって応えるためには、神の導きが必要だ」というのが説教の結論だった。

   ただ、「『怒り』から世の中がよい方向に変わった例もある。問題なのは『怒ること』ではなく、『嫌悪すること』だ」と訴える心理学者も米国にはいる。

引き合わせられない友人たち

   トランプ大統領をめぐる相反する「怒り」が、身近なところに米国市民の分断を引き起こしている。

   この連載の前々回の記事を書き終えないと、週末に一緒に出かけられないと、反トランプ派のアメリカ人友人に話すと、彼女が強い口調でまくし立てた。

「そこに書くべきことは、ただひと言。『Get the hell out of White House!(ホワイトハウスからとっとと消え失せろ!)』ってことよ」

   一方でトランプ支持者で敬虔なクリスチャンの友人は、保守派FOXニュースで紹介されたリベラル派CNNのニュースキャスターの発言を聴きながら、「That's absurd. I just hate her!(ばかげた話だ。本当にあいつは大嫌いなんだ!)」と画面に向かって吐き捨てた。

   どちらも私とつき合いの長い親友で、すぐ近くに住んでいる。前に、別の反トランプ派の友人がトランプ支持者と激しく口論したあと、「まったく話にならない。時間の無駄。もう二度と会わないわ」と私に言い捨てたことなどを思い出すと、少なくともしばらくは、ふたりを引き合わせる勇気がない。

(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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