2020年 4月 1日 (水)

なぜ日本人ボクサーはタイで勝てないのか 60年来の「鬼門」突破できない理由

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   ボクシングのWBA世界ミニマム級13位・田中教仁(35)=三迫=が、2020年3月3日にタイ・ナコンサワンでWBA同級王者ノックアウト・CPフレッシュマート(29)=タイ=に挑戦することが決定した。2月21日、発表された。プロ26戦19勝(10KO)7敗の田中は世界初挑戦。20戦全勝(7KO)の王者は12度目の防衛戦となる。

   日本のボクシング界においてタイは「鬼門」とされている。その理由は明白だ。過去、日本人ボクサーがタイで行われた世界戦で勝ったことがないからだ。日本ボクシングコミッション(JBC)が公認したタイでの世界戦の戦績は24敗1分と、いまだに勝ち星がない。

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ファイティング原田、海老原もリマッチで涙

   タイにおける「負」の歴史は古い。1962年10月、蔵前国技館で行われた世界フライ級タイトル戦でファイティング原田がポーン・キングピッチ(タイ)を破り王座を獲得。3か月後の63年1月、原田はタイ・バンコクでキングピッチとリターンマッチに臨み、判定負けを喫して王座を失った。

   原田の王座陥落から8カ月後の1963年9月、海老原博幸が東京体育館で王者キングピッチに挑戦し、1回KO勝ちで世界王座を獲得。だが海老原もまた原田と同じ道をたどる。64年1月の初防衛戦はキングピッチとのリターンマッチとなり、タイ・バンコクで行われた。結果は海老原の判定負けだった。

   原田、海老原以降、23人のボクサーがタイに渡って世界戦のリングに上がったが、いまだ勝利を手にした選手はいない。唯一の引き分け試合は、2011年12月に向井寛史(六島)がタイ・バンコクでWBC世界フライ級王者ポンサクレック・ウォンジョンカム(タイ)に挑んだ一戦で、この試合は1回に偶然のバッティングがあり、1回負傷引き分けという結末だった。

ロシア出身のユーリはTKOで勝利

   JBC非公認ながら唯一、タイの世界戦で勝利したのが江藤光喜(白井・具志堅スポーツ)だ。2013年8月、江藤はタイ・バンコクでWBA世界フライ級暫定王者コンパヤック・ポープラムック(タイ)に挑戦し、3-0の判定勝利を収めた。しかし、当時JBCはWBAの暫定王座乱立を理由に暫定王者を認めておらず、江藤の勝利は公式の世界戦としてカウントされていない。

   このように日本人ボクサーのタイでの公式な世界戦は向井の引き分けをのぞくと全敗となる。近年、日本人ボクサーは積極的に海外に出向き世界戦のリングに上がり結果を残している。では、なぜ日本人ボクサーはタイで勝てないのか。J-CASTニュース編集部は、会長としてタイで2度の世界戦を経験している協栄ジムの金平桂一郎会長(54)に話を聞いた。

   金平会長は1993年と2013年にタイで行われた世界戦に携わった。いずれも協栄ジム所属王者の防衛戦で、93年はWBC世界フライ級王者ユーリ・アルバチャコフ(ロシア出身)の2度目の防衛戦、13年はWBC世界スーパーフライ級王者・佐藤洋太の3度目の防衛戦だ。ユーリは前王者ムアンチャイ・キティカセム(タイ)を9回TKOで破ったが、佐藤は世界8位シーサット・ソー・ルンヴィサイ(タイ)に8回TKO負けを喫した。

「2時間以上経ってもホテルにつきませんでした」

   タイの世界王者のほとんどがムエタイを経験しており、本質的にボクサーとしての実力は高い。だが、日本国内で行われる世界戦でタイの世界王者、挑戦者が負けるケースは多々あるとおり、日本人ボクサーがタイで勝てないのはその他の要因もあるのではないか。金平会長はタイで勝てない要因のひとつに敵地ならではの「環境」を指摘し、自らが経験したエピソードを次のように語った。

「ユーリの世界戦の時の話ですが、空港に相手陣営のスタッフが迎えに来てくれて、ホテルまで送ってくれました。タイの交通事情は把握していましたので多少の渋滞は覚悟していましたが、2時間以上経ってもホテルにつきませんでした。どうやら同じコースを巡回していたようで、うちのスタッフがそれを指摘すると15分ほどでホテルに到着しました。意図的なものか分かりませんが、ユーリはかなり疲労していました」

   ようやくホテルに到着したものの、その後もトラブルは続いたという。ユーリとスタッフが乗っていたエレベーターが突然止まり、1時間近くエレベーターの中に閉じ込められた。故障の理由は分からずじまいだったという。リングの上でもトラブルに見舞われた。7回にユーリがダウンを奪いムアンチャイが絶体絶命のピンチに。するとなぜが30秒以上も早くゴングが鳴り、ムアンチャイはゴングに救われた。

「タイの世界戦で勝つというのは非常に難しい」

   佐藤の世界戦では「暑さ」にやられたという。試合は体育館で行われ、当初は空調が効いており涼しさを感じるほどだった。だが、メインイベントが始まる前に突如、空調がストップ。その後、なぜかすべての換気扇が閉ざされ、館内は蒸し風呂のようだったという。金平会長は関係者に故障の原因を問い詰めたが、はっきりとした答えをもらうことが出来なかったという。

   金平会長は「ユーリの件もあったので、前日に会場の空調やリングマットの状態などを確認しました。契約書の中にも『リング上のコンディションが保たれなければ試合はしない』との内容を盛り込んでありましたが、試合直前の出来事でしたのでどうすることも出来ませんでした。このようなことを含めて、日本人の選手がタイの世界戦で勝つというのは非常に難しい。万全のコンディションでリングに上がることが難しいですから」と話した。

   1952年5月に白井義男が日本で初めて世界王座を獲得してから68年。いまだ「鬼門」を突破するボクサーは現れない。35歳の田中が歴史を作ることができるのか。タイトル戦は3月3日、タイ北部ナコンサワン市の野外特設リングで行われる。

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