2020年 3月 31日 (火)

岡田光世「トランプのアメリカ」で暮らす人たち マスク姿のアジア人はなぜ怖がられるのか

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   この連載記事を書いていると、日本にいる大学時代の友人からLINEでタイムリーなメッセージが届いた。

   友人は今月(2020年2月)末に息子とニューヨークに行くことになっているが、この新型コロナウイルス騒ぎで危ないのではないかととても心配だ。現地の様子を教えてもらえないか、という内容だった。

   「アメリカで心配するべきなのは、コロナウイルスよりインフルエンザだ」と私が伝えると、どうやら友人の心配は別のところにあった。

  • 米国の疾病対策センター(CDC)のホームページには、新型コロナウイルスに関する情報が数多く掲載されている
    米国の疾病対策センター(CDC)のホームページには、新型コロナウイルスに関する情報が数多く掲載されている

「コロナ」と呼ばれる日本人留学生

   「アジア人に対する攻撃が心配なので、今のニューヨークの空気が知りたい」と言う。

   横浜港のクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の対応が世界から非難を受けていること、日本のコロナウイルスの感染者が多いこと、彼女の息子の知り合いが、留学先のシアトルで「コロナ」と呼ばれ、いじめられていること、そして西洋人にはアジア人は同じに見えること、などをその理由に挙げていた。

   私は友人に、「運が悪ければ、そういうこともあるかもしれない。ただ、嫌な思いをしたくないのであれば、アメリカではマスクをしない方がいいと思う。人それぞれだけれど、私は海外でマスクをしない。マスクをしていると、欧米では重病人だと思われる。欧米の人がマスク姿から受けるイメージが、日本人とはまったく違うから」と返信した。

   2020年2月上旬、ニューヨーク市の地下鉄駅で許し難い事件が起きた。マンハッタンのチャイナタウン近くの駅構内で、勢いよく走ってくるアジア人女性の前に男が立ちはだかり、いきなり殴る蹴るの暴行を働き、「俺に触るな」と怒鳴り散らした。女性は顔にマスクを着けており、男はそれを見て「病気のクソ女」と呼んだ。

   マスク姿のアジア系やアジア人に対する攻撃は、全米で起きている。

   スーパーマーケットでマスク姿のアジア人女性を目にした白人女性が、「この人はコロナウイルス感染者よ。追い出して」と大声で叫んだ。

   中国人女性がマスク姿で歩道を歩いていると、向こうから歩いてきた白人男性が避けるように車道に移った。

   バスでマスク姿のアジア人女性が隣にすわると、白人女性がその人を見ながらおもむろにマスクを取り出して着け始める、という例も複数、耳にした。

   コロナウイルスをめぐって、マスクをしていないアジア人への嫌がらせやいじめ、差別も目立つが、ここではマスクに焦点を当てたい。

「外でマスク」は医療関係者か重病患者

   コロナウイルスの影響で、日本国内ではマスクをする欧米人もちらほら見かけるようになった。欧米では一部のアジア人を除いて、一般の人のマスク着用はかなり珍しい。マスクをしている日本人を海外で見かけると、私自身、違和感を覚えることが多かった。

   私たち夫婦がフランスを旅した時、ホテルのエレベーターで一緒になった60代くらいのフランス人女性がマスクをしていた。夫らしき男性と一緒だった。

   ヨーロッパを旅することも多いが、西洋人のマスク姿を初めて目にした。私たち夫婦はどこにいても他人と気さくに言葉を交わす方なので、その時も私の夫が「風邪ですか」と声をかけた。

   その女性はおもむろにマスクを外した。すると、口の回りの皮膚が崩れたようになっていて、「皮膚癌で手術をして、今、退院してきたんですよ」と穏やかに答えた。

   「申し訳ないことを聞いてしまった」と私たちは反省した。

   欧米では、病院以外でマスク姿を目にすることがほとんどない。花粉症や風邪などで日本人がよく使うマスクは、「surgical mask(医療用マスク)」と呼ばれている。

   欧米では一般的にそう思われているように、私の知り合いの意見も、「外でマスクをしている人を見かけたら、病院から抜け出してきた医療関係者か重病患者だと思う」と一致している。

   また、顔を覆うマスクは、表情が見えないために不気味な印象を与え、強盗などの犯罪のイメージもある。隠されていることで、不安や恐怖をあおる。

   何年も前に、マンハッタンにあるモスク(イスラム教寺院)に取材に行った時、モスクの規定に従い、頭と顔の一部をヒジャブと呼ばれる布で覆った。そこで知り合ったイスラム教徒の日本人女性とふたりで、その姿のままモスクを出て道を歩いていると、通りがかりの男性に罵声を浴びせられたことがある。

   イスラム教徒への偏見もあるだろうが、顔を隠すことで相手に「恐怖」や「不安」を感じさせるという意味では、マスクはそれに似ているのかもしれない。

「僕はウイルスではありません」

   欧米では、マスクは手洗いなどに比べ、感染予防にあまり効果はないと考えている人が多い。医療機関や専門家の意見も同じで、かなりの人混みの中など、特定の環境ではある程度の予防効果はあるかもしれないが、科学的な証拠はない。

   しかし、感染者が他人に感染させないメリットはあるとし、とくに中国政府の情報の信憑性や感染の広がりを考えると、そういう国から来た人はマスクをするべきだと主張する人は少なくない。

   ニューヨーク市や川向こうのニュージャージー州のドラッグストアでは今、医療用マスクが売り切れの状態が続いている。だからといって、街でマスクをしている非アジア系アメリカ人はほとんど見かけない。一部の人が買い占めているか、一般のアメリカ人が万が一の時のために買い置きしているのだろうか。

   ニューヨークの地下鉄で殴る蹴るの暴行を加えられた事件などは、決して許されるべきではない。暴行を受けた女性は、そのトラウマを一生、抱えて生きていくことになるかもしれない。

   これまでにも繰り返されてきたアジア系やアジア人に対する差別とも捉えられるが、「差別」ではなく「区別」だと主張する人の思いや警戒心も、命に関わる感染症だけによくわかる。

   マスクをしない場合は、人前でのくしゃみや咳による飛沫感染にはより一層、気をつけ、相手との距離をしっかり取るべきだろう。欧米ではくしゃみなどをする時には、手ではなく腕を使う人も多い。

   中国も日本も、総人口を考えれば、感染者はほんのわずかの割合にすぎない。コロナウイルスには未知の部分も多いが、致死率だけを見れば、米国で毎年のように猛威を振るっているインフルエンザのほうがはるかに恐ろしい。

   2020年2月、イタリア・フィレンツェの街角に、中国・武漢の男子学生ひとり、目隠しとマスク姿で立った。彼の傍に立てかけられたパネルには、イタリア語と中国語と英語でこう書かれている。

「I'm not a VIRUS. I'm a HUMAN. ERADICATE THE PREJUDICE.」
(僕はウイルスではありません。人間です。差別を撲滅しよう)

   街ゆく人々は遠巻きに見ていたり、面白がって一緒に写真を撮ったりしている。しばらくすると、ひとり、ふたりと彼に近寄り、ハグし始める。やがて通行人たちは、彼の目隠しとマスクを取り外し、何も付けていない学生を思い切り抱きしめ始めた。

   大切なのは、お互いが相手の立場に立って、想像力を発揮させることだろう。(随時掲載)

++ 岡田光世プロフィール
おかだ・みつよ 作家・エッセイスト
東京都出身。青山学院大卒、ニューヨーク大学大学院修士号取得。日本の大手新聞社のアメリカ現地紙記者を経て、日本と米国を行き来しながら、米国市民の日常と哀歓を描いている。米中西部で暮らした経験もある。文春文庫のエッセイ「ニューヨークの魔法」シリーズは2007年の第1弾から累計40万部。2019年5月9日刊行のシリーズ第9弾「ニューヨークの魔法は終わらない」で、シリーズが完結。著書はほかに「アメリカの家族」「ニューヨーク日本人教育事情」(ともに岩波新書)などがある。

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