2024年 4月 26日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(26) 作家・村木嵐さんと考える「学問の自由」

   日本学術会議問題で、すぐに脳裏に浮かんだのは、戦後初の東大総長になった南原繁だった。「学問の自由」は、それが失われる過程を知らなければ、貴重さも理解できない。南原の生涯を小説「夏の坂道」で描き切った作家・村木嵐さん(53)と共に、「学問の自由」について考える。

  •                         (マンガ:山井教雄)
                            (マンガ:山井教雄)
  •                         (マンガ:山井教雄)

日本学術会議問題とは

   論点を今一度、整理しておこう。

   2020年10月1日、就任したばかりの菅義偉首相は、日本学術会議の新会員について、会議が推薦した候補者のうち6人を拒否して任命した。6人は以下の方々だ(敬称略)。

芦名定道・京都大教授(宗教学)
宇野重規・東大教授(政治思想史)
岡田正則・早稲田大教授(行政法学)
小沢隆一・東京慈恵会医科大教授(憲法学)
加藤陽子・東大教授(日本近代史)
松宮孝明・立命館大教授(刑事法学)

   9月末で会長を退任した山極寿一・京大前総長らによると、会議は8月31日に推薦する105人の名簿を当時の安倍晋三首相に提出したが、9月28日に政府から届いた任命会員の名簿には99人の名前しかなかった。政府に問い合わせたところ、「事務ミスではない。任命しない理由は答えられない」という説明だったという。

   日本学術会議は戦後間もない1949年に発足した。当初は国内のほぼすべての研究者による選挙で選ばれ、「学者の国会」と呼ばれたが、84年に選出方法を変え、会議が候補者を推薦し、首相が推薦に基づいて任命するようになった。法改正に当たって83年に国会答弁をした当時の中曽根康弘首相は、「政府が行うのは形式的任命に過ぎない。学問の自由、独立はあくまで保障される」と述べた。

   日本学術会議法によれば、任期年の会員210人は会議が候補者を選考し、その推薦に基づいて、首相が3年ごとに半数を任命する。第7条2項には、「会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」となっている。

   ところが安倍政権になってから、官邸が会員の選考過程に関与する例が目立つようになった。2014年には、会議側が105人の候補を決めた後に、官邸が選考過程の説明を求め、会議側は最終選考から漏れた人を含む117人の名簿を示した。16年には、欠員補充人事をめぐり、推薦決定前に会議側が示した候補者案の一部に官邸が難色を示し、欠員補充を見送った。さらに17年には交代要員の正式な推薦候補105人を決める前に、官邸がそれより多い候補者名簿を示すように求め、会議側が応じた。その際に、会議側が示した110人の候補者から105人が任命され、結果的には会議推薦の人事が通った。

   だが18年、学術会議を主管する内閣府は内閣法制局に学術会議法の解釈を照会し、「必ず任命する義務はない」との回答を引き出した。20年9月にも再度照会し、同じ回答を得たという。だがこの点について学術会議の山極寿一前会長は、朝日新聞のメール取材に応じ、「(首相に)推薦の通りに任命すべき義務があるとまでは言えない」とする文書については「見せられたことはないし、存在も知らなかった」(11月5日付同紙朝刊1面)としている。

   こうした経過は、これまでにも水面下で、官邸と学術会議にさまざまな軋轢や攻防があったことを物語っている。

   では今回の人事を通して、83年の中曽根首相答弁の解釈は変更されたのか。加藤信勝官房長官は10月5日の会見で解釈変更はない、との考えを示した。また同日開かれた内閣記者会の質問に対し、菅義偉首相は、「法律に基づいて任命を行っている」と答えるだけで、中曽根首相答弁との整合性には踏み込まなかった。他方、「推薦された方をそのまま任命することについて、前例を踏襲して良いのか考えてきた」とも述べ、学術会議の在り方を問う姿勢を示した。

   菅首相は9日になって、会議側から推薦された6人を除外したのは安倍前政権ではなく、現政権であることを明らかにしたうえで、6人を除外する前の推薦名簿は「見ていない」と述べた。首相が名簿を確認した段階で、すでに6人は除外されていたことになる。

   では誰が、どんな理由で除外したのか。首相は「誰が」には触れず、除外した理由については「総合的・俯瞰的な活動、すなわち広い視野に立ってバランスの取れた行動をすること、国民に理解される存在であるべきことを念頭に全員を判断している」などと述べるにとどめた。

   菅首相はその後、会員が非常勤の特別職公務員で会議に公費が投じられていることを再三指摘し、10月28日の国会代表質問では、「民間出身者や若手が少なく、出身や大学にも偏りがみられる」などと述べ、「多様性が大事だということも念頭に任命権者として判断したものであり、変更することはない」と表明した。

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