2024年 4月 27日 (土)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(36)民間臨調報告書に見る「失敗の本質」

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「PCR検査」はなぜ目詰まりを起こしたのか

   この報告書の構成は、第1部で「日本モデル」というテーマを明らかにし、第2部で「ダイヤモンド・プリンセス号」や武漢からの邦人救出、緊急事態宣言など、節目ごとの対応を詳細に報告する。そして第3部で官邸や厚労省、医療・介護施設、専門家会議など分野別の対応から「ベストプラクティス」と「課題」を摘出し、第4部の「総括と提言」を導く、という流れになっている。ここでは、議論を呼んだ「PCR検査」に絞って、検証が明らかにした内容をご紹介しよう。いまだに議論に決着がついたとはいえず、多くの人に疑心や猜疑、不安やわだかまりを残したままだからだ。

   PCR検査をめぐっては、その備えがほとんどなされていなかったことを議論の前提にする必要がある。

   2009年の新型インフルエンザ流行の後に厚労相が設置した対策総括会議(以下、総括会議)の報告書は、感染病危機管理の体制強化のために、国立感染症研究所、保健所、地方衛生研究所などの組織や人員の大幅強化を提言した。さらに感染症サーベイランス(監視体制)強化の点から、地方衛生研のPCR検査の強化や、地方衛生研の法的位置づけの検討を求めた。

   だが、これらの提言は棚ざらしにされ、むしろ現場は弱体化に向かっていた。

   1937年、軍からの国民体位向上の要求を受けて整備された保健所は、戦後は総合衛生行政機関に生まれ変わり、蔓延する急性伝染病対策、とりわけ結核への対策に力を入れるようになった。47年に日本国憲法が施行になると、公衆衛生の向上への努力義務を定める25条2項を踏まえた保健所法が制定され、公衆衛生全般を受け持つ第1線機関になった。

   だが、経済成長や衛生環境の改善により、社会防衛的な機能は弱まり、包括的な健康づくりへと軸足を移す。94年には保健所法が地域保健法に改正され、都道府県の保健所は、第1線機関である市町村保健センターを「広域的・専門的・技術的」観点から支援する役割を担うことになった。都道府県の保健所は統廃合され、全国の保健所数は94年の847か所から2020年の469か所へと、ほぼ半減した。全国の保健所医師数も96年の1265人から2018年の728人へと、約10年で6割程度にまで減少した。

   全国に83か所ある地方衛生研は、法律上の設置根拠がなく、自治体の条例に委ねられているため自治体間格差が指摘されていた。かつての調査では、03~08年の5年間で平均職員数13%減、予算30%減、研究費47%減というデータもあり、10年以上も前から検査機能は著しく低下していた。国立衛生研究所ですら、「総括会議」の提言前後の09年と翌年は増員になったものの、あとは年々減少をたどった。

   こうした背景から、感染研や地方衛生研によるPCR検査能力は、2月12日時点で1日あたり約300件程度に留まっていた。つまり、総括会議の提言にもかかわらず、全く備えが不足していたのである。

   検査分析能力が不足している以上、厚労省は入院や治療を必要とする重症者に資源を集中するほかなかった。こうして厚労省は2月3日、「37・5度以上、または呼吸器症状があり、かつ感染者と濃厚接触者」などの検査基準を定め、対象範囲を絞った。

   今回の検証で報告書は、医療提供体制の負荷を考慮して対象を絞った可能性に触れつつも、流行地以外の感染連鎖を見逃し、無症状者による感染連鎖を発見できなかった可能性がある、と指摘した。

   感染研は遅くとも2月7日までに、無症状の感染者からウイルスがうつる可能性を認識していたが、同日に公表した文書ではWHOの発表を引用し、「無症状者からの伝播が報告されているものの主要な経路ではない」と表明した。厚労省も初期には同じ見解をとった。その立場は、5月4日に専門家会議が「感染しているのだけれども無症状の人が、人に感染させるリスクが高くなったということがエビデンスで分かってきている」と表明するまで続いた。

   これが、2月17日に厚労相が公表した「風邪の症状や37・5度以上の発熱が4日以上続く」など「相談・受診の目安」を出した背景である。つまり、検査分析能力に限りがあるため、重症化する恐れのある人に検査を集中させるしかなかった、ということだ。

   だが官邸が、手を拱いていたわけではない、と今回の検証報告書は指摘する。政府の対策本部は2月13日には検査体制を拡充する方針を表明し、同18日には1日当たり約3800件、3月10日時点で6200件、4月1日時点で約1万件まで拡充された。

   だが、検査能力の拡充にも関わらず、実際の実施件数は伸び悩み、安倍前首相は5月4日の記者会見で「目詰まり」があると認めざるをえなかった。その背景として今回の検証報告が指摘するのは、①保健所の人員不足②検体採取を行う医療関係者の不足③医師が手書きで保健所にファックスで送信し、さらに保健所がその情報をデータベースに入力するなど手間がかかった、など「ボトルネック」が生じた要因だ。

   厚労省は、3月13日に「相談・受信の目安」に該当しなくても、相談者の状況を踏まえて受診調整を行うべきと述べ、5月8日には目安を大幅に緩和して、無症状者の一部に対してもPCR検査の実施を認めるに至った。こうしてようやく、検査体制の強化に本格的に取り組むようになった。保険適用の臨床検査ができる医療機関を増やし、5月に抗原検査、6月には唾液による検査も導入し、「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理システム」(HERーSYS)も開発した。

   だがこうした方針転換ののちも、無症状者の検査をどの範囲まで行うかについて、専門家や政府部内でも見解は分かれた。

   日本医師会は「公衆衛生上の感染制御」や「患者の診療」に加え、「社会経済活動のための利用」「政策決定上の基礎情報」としてPCR検査を活用するよう提言した。これに対し、専門家会議のメンバーの多くは実施件数を増やせば、重症者への検査に支障が出る懸念があるとして、対象者の拡大には慎重だった。

   厚労省も消極的な立場だった。民間臨調では厚労省が5月ごろに作成した「(補足)不安解消のために、希望者に広く検査を受けられるようにすべきとの主張について」という内部文書を入手し、報告書に掲載している。

   この文書によれば、検査を広範に行うと、感染していないのに陽性となる「偽陽性」の人が、「真の感染者よりも非常に大きくなり、医療資源を圧迫し、医療崩壊を招くことになる」とした。さらに、「本来必要のない行動制限を多くの者に強いるなど、社会的損失も大きくなる」という。

   また、PCR検査での見落とし、つまり感染しているのに陰性となる「偽陰性」の率は3割程度あり、広く検査を行えば「検査で陰性とされた陽性者が自由に活動することによって感染を拡大させる危険性が増大する」と述べ、「広範な検査の実施には問題がある」と結論づけている。

   単純に考えても、前者の場合は何度か検査を繰り返せば問題が片付くし、後者の場合は、そもそも無症状の陽性者が感染を拡大させている可能性を棚に上げた議論だろう。

   だが厚労省関係者は、この文書を作成したうえで国会議員らに、反論の理由を説明して回ったという。報告書はそのころの政府内の状況について、「PCR等検査の対象者を拡大することに積極的な立場を表明すると、『首が飛ぶ』雰囲気だったと指摘する内閣官房関係者もいる」と記している。この文書の発見は、メディアが報じれば「スクープ」ともいえるだけの価値がある。

   こうした混乱の中で重要な役割を果たしたのは専門家だった。尾身茂分科会会長は7月6日の分科会に「検査体制を拡充するための、基本的考え・戦略」という、たたき台案を出し、分科会は10日後に「検査体制の基本的考え・戦略」をとりまとめた。

   これは検査対象を①有症状者②無症状者(感染リスク及び検査前確率が高い場合)③無症状者(感染リスク及び検査前確率が低い場合)に分けたうえで、①と②は公費負担で検査する一方、③については企業活動の推進や不安の解消など個別の事情に応じて、自費負担で検査することはあり得る、とまとめた。

   こうして、基本戦略がまとまるまでに、検査開始からすでに約半年が過ぎていた。今回の検証報告は、その混乱について、当初の検査体制逼迫が解消した5月以降も政府が戦略を立てられなかったのであり、戦略の不在を「備え不足」のせいだけにはできない、と総括している。

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