2024年 4月 18日 (木)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(36)民間臨調報告書に見る「失敗の本質」

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報告書のエディター・大塚隆さんと考える

   今回、報告書のエディターを務めたのは科学ジャーナリストの大塚隆さん(73)だった。3月15日、東京在住の大塚さんにZOOMで話をうかがった。ちなみに大塚さんは、私が新人記者として当時の新潟支局に赴任した際の一年先輩で、ずぶの素人の育成と指導にあたってくださった。

   大塚さんは京都大学工学部数理工学科で学び、卒業後は電子機器会社や石油会社などで大型コンピューターのシステム・エンジニアを務めるなど、情報分野の専門家だった。76年に朝日新聞に入社し、92年~95年にアメリカ総局で核問題や宇宙、医学・医療など科学分野全般を担当。2001~04年に東京本社の科学医療部長、その後06年まで朝日新聞アメリカ社の社長を務め、08~10年には日立支局長として東海村を含む茨城県北地域を担当した。

   退社後の翌年、東日本大震災で被害のあった県北を車で見て回り、甚大な被害を受けた福島、宮城の津波被災地や内陸で大きな放射能汚染を受けた福島県飯館村から宮城県の女川原発まで足を伸ばして取材した。取材にはロシア製の簡易線量計を持参したが、ちょうど放射性物質を含む風の通り道になった飯館村付近では、線量が急激に高まって、思わず車の中に避難したこともあったという。高線量地域ではニホンザルなど野生動物にも遭遇した。

   そんな大塚さんが、APIの前身である「日本再建イニシアティブ」理事長の船橋洋一さんから電話を受けたのは、震災取材から帰途に就く高速道路の車内のことだったという。船橋さんに請われて大塚さんは福島原発事故独立検証委員会(民間事故調)の立ち上げに関わり、検証委員会のワーキンググループとして参加、報告書のエディターとして一人で検証報告書を取りまとめた。ちなみに船橋さんは、大塚さんがアメリカ総局時代の総局長だった。

   大塚さんは日本再建イニシアティブが2015年にまとめた「吉田昌郎の遺言―吉田調書に見る福島原発危機」でもエディターを務めた。吉田氏は福島原発事故の処理に当たった当時の所長。前年に公開された吉田氏の政府事故調へのヒアリング調書(いわゆる「吉田調書」)を、民間事故調のワーキンググループメンバー有志が検証したフォローアップ調査だ。

   つまり、大塚さんにとって、検証作業のエディターを務めるのは3度目ということになる。

   インタビューはまず、3度にわたる検証作業の比較や違いの話から始まった。大塚さんは原発の事故調について次のようにいう。

「原発事故については政府事故調、国会事故調、さらに、我々の民間事故調と、主なものでも3つの事故調が鼎立し、競い合った。さらに東京電力も調査をしていたので、4つの報告があったことになる。政府や国会事故調と民間事故調の違いは、我々には強制的な調査権限がなかったこと。フクイチ(福島第一原発)の見学や事故収拾にあたった幹部や担当者への取材などを再三申し入れたが、東京電力からの協力は全くなかった。幸い、民主党政権は協力的で、事故当時の菅直人首相、枝野幸男官房長官ら、官邸や経産省の幹部は詳細に証言してくれた」

   ワーキンググループは弁護士、メディア出身者、原子力の専門家を目指す博士課程の大学院生、社会学や政治学の専門家ら20数人。いずれも本職をこなしながら、週末の朝から夕まで長時間の議論を重ね、政治家らを招いてヒアリングを続け、情報を共有した。メンバーは若手や中堅が中心で、事故検証のための熱気がたぎり、原子力専攻の博士課程の大学院生と原発に批判的な社会科学系の若手研究者との間では「つかみあわんばかりの侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をしていた」という。

   こうした作業の過程で、「最悪のシナリオ」などの貴重なスクープが生まれた。

   これは菅首相が作成を指示し、細野豪志首相補佐官が依頼して原子力委員会の近藤駿介委員長が作成した極秘の内部文書だ。

   「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」という表題で、最悪の場合には、1号機で水素爆発が再び起き、作業員が退避すると想定。爆発の6日目から4号機の使用済み核燃料プールの燃料が溶融し、8日目から2、3号機の格納容器も破損。放射性セシウム汚染はチェルノブイリ原発事故で旧ソ連が定めた住民の強制移転基準の地域が原発から170キロ圏、自主移転基準の地域が250キロ圏に広がり、首都圏にまで影響がおよぶ可能性があると試算した。まさに「恐怖のシナリオ」であり、原子力の専門家が事故直後に、そうしたシナリオも想定しなければならなった事態の深刻さを、初めて明るみに出した。

   今回のコロナ対応の検証作業は、緊急事態宣言下ということもあって、メンバーが集まり、共同作業をするというわけにはいかなかった。だが検証作業にあたる20人足らずのメンバーの士気は高く、ごく短期間のうちに集中的なZOOMによる聞き取りや資料収集に力を入れた。当時の安倍晋三首相、菅義偉官房長官もヒアリングに応じ、巻末には西村康稔・コロナ感染症対策担当相、専門家を束ねる尾身茂・地域医療機能推進機構理事長への特別インタビューも収録している。

   前述したように、今回のコロナ検証でも、厚労省が政治家らに説明する際に使ったPCR検査拡大方針への「反論」など、貴重な文書をいくつも発掘した。

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