2024年 4月 26日 (金)

外岡秀俊の「コロナ 21世紀の問い」(36)民間臨調報告書に見る「失敗の本質」

富士フイルムが開発した糖の吸収を抑えるサプリが500円+税で

いくつかの膝を打つような「発見」

   PCR検査以外にも、報告書を読んで膝を打つような発見が、いくつもあった。私は年表を作成するため、コロナ関連の新聞記事は比較的丹念に目を通しているつもりだ。それでも「膝を打つ」ということは、メディアがいかに厚労省発表や既往の出来事を報じることに追われ、その発表や出来事の意味を掘り下げる体力がないかを裏返しに物語っているように思える。ご参考までに、いくつかの事例を項目別にご紹介したい。

○クラスター対策
2月中旬の累計感染者数を前提にすると、感染者から本来発見されるべき数の感染者が確認されないことが分かった。一部の専門家はこのころ、多くの感染者は誰にも感染させないものの、非常に多くの人に感染させる集団「クラスター」が存在する可能性に気づいた。国立感染症研究所は1月17日にコロナに対する「積極的疫学調査実施要領」を出し、日本では外国が実施する「発症後に感染者が接触した人の調査(前向きの調査)」に加え、「発症前に感染者が接触した人の調査(さかのぼり調査)」も行うことを決めた。

   これは、複数の感染者の過去の行動を調べ、共通の感染源になった「場」を見つけ、その場にいた濃厚接触者を網羅的に把握し、感染拡大を防止する、という手法だ。厚労省は2月25日にクラスター対策班を設置した。この班はデータチームのもとに接触者追跡チーム、サーベイランスチーム、データ解析チームを置き、疫学調査だけでなく、専門家会議が議論を行うにあたって基礎資料を提供するなど、いわゆるバックオフィスとしての機能も果たした。

   私自身、クラスター追跡は外国でも実施している、と思い込んでいたので、日本に特有の手法を加味していると知って、驚かされた。

○「3密」
発足以来数日間で、クラスター追跡班は110人の感染者を分析し、感染者の80%が、他者への感染を引き起こしていないという特徴をとらえた。また、疫学調査の分析を通して、クラスターの発生には、密閉された空間で、人が多く密集し、かつ密接した関係で発話するなどの条件が重なることがわかった。クラスターの発生が目立ったのは、スポーツジムなど換気量が増大する活動、ライブハウスやカラオケなど大声を出す活動、1人が不特定多数を接待する「接客を伴う飲食業」などであることも判明した。

   こうした分析を踏まえて専門家会議は3月9日、感染拡大防止の方針を①クラスターの早期発見・早期対応②患者の早期診断、重症者への集中治療の充実と医療提供体制の確保③市民の行動変容の3本柱にすることを決めた。専門家会議はこの日、「感染症対策の見解」を発表し、これまで集団感染が確認されたのは以下の3つの条件が重なった場であることを示した。

換気の悪い密閉空間

多くの人が密集

近距離(互いに手を伸ばしたら届く距離)での会話や発声

   専門家会議は「3密」という言葉を使っていないが、その考えを聞いた官邸スタッフの一人が、3つ目は「密接」でいいのではないか、と提案したのがきっかけで「3つの密」というフレーズが生まれた、という。こうして官邸ツイッターが「3つの密を避けましょう」と呼びかけ、広く使われるようになった。これは世界に先駆けて提唱された具体性のある仮説で、昨年7月7日付のウォール・ストリート・ジャーナル紙が紹介し,WHOも同月18日にフェイスブックで「3密」を「3Cs」と言い換えて全世界に紹介した。

   この「3Cs」とは、「Confined and enclosed spaces」「Crowded-places」、「Close-contact settings」の略である。

   私は「3密」のコンセプトは広く知られた公衆衛生学の概念か、海外の標語の翻訳と思い込んでいたので、クラスター追跡班による分析の結果、日本が独自に開発したと知って、認識を新たにした。

○特措法の限界
政府は当初、感染症法、検疫法という枠組みで新型コロナに対応していたが、その後の社会的緊張の高まりで、2012年に公布された新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下特措法)を改正してコロナ対応に適用することになった。これは基本的に「お願いベース」で強制措置や罰則を伴わないが、より強力な新法を策定するのでは時間がかかるため、政府の議論の俎上に上ることはなかった、という。検証報告は、官邸内の一部には特措法が民主党政権時代に作られた法律であることから、「同法改正案を国会審議にかけた場合に、野党が審議に応じる可能性が高いとの考えもあった」と指摘している。

   だが検証報告は同時に、「法案審議当初から、当時の立法者は、国民の自発的な自粛を当然視していたことに加え、要請・指示を行った場合には国民は協力するだろうという国民の善意と良識を当てにしていた。また、その想定期間は1~2週間という短期間であった」と指摘する。こうした法律の建てつけのため、「要請」や「協力」に従わない場合には、実効性を持たせることが困難な場合もあった。また首相は都道府県知事らに「指示権限」はあるが、首相の指示に都道府県知事が従わなかった場合の規定がなく、その場合の対応は不透明なままだった。

   自粛・協力要請といった「お願い」で実効性を確保するには、休業などへの金銭的な補償が欠かせないが、財源には限りがあり、いつまで続けられるのかという保証もない。今なお解決されていない重要な問題の指摘だと思う。

○ITとバイオテクノロジーの遅れ
今回のコロナ禍で多くの人が驚いたことは、ITによるデジタルトランスフォーメーションの遅れと、PCR検査、ワクチン開発に見られるバイオ産業の遅れにあったろう。

   検証報告はデジタル化の遅れの一因として。個人情報「分散管理」の方針から、他のデータベースに紐づけや照合ができず、08年の住民基本台帳ネットワークの最高裁判決以降、マイナンバーに厳しい用途制限を強いることになったことを挙げる。結果として自治体レベルで1700の異なるシステムが運用されているのだという。

   おそらく国民情報の一元管理が進まないのは、政府・官庁の運用に対して国民の不信や警戒が根強いからだろう。だがこれも「卵と鶏」論争と似ていて、改革が進まない理由探しには意味がない。個人のプライバシー保護や監視国家化への傾斜防止などの原則を堅持しながら、危機管理に当たっては迅速な現状把握や情報共有の仕組みづくりが欠かせないだろう。

   ワクチンの開発製造の遅れについて検証報告は、ある外務省関係者の話として、「厚労省はワクチン製造企業をしっかりと育ててこなかった」と述べ、ワクチン産業は非常に高リスクなので、積極的に推進してこなかったこと、また、「厚労省は規制官庁なので産業を育てようという意識が非常に低かったことなどが問題であった」と指摘する。外務省関係者の表現を借りれば、今回のワクチンの研究開発競争も、日本は「いわば3周半遅れ」なのだという。

   ITにしてもバイオにしても、政治家は口を開けば日本が先頭集団にいると喧伝し、メディアも日本の優位性や先進性を報じてきた。こうした日本の「遅れ」をなぜ課題と指摘してこなかったのか、メディアにも自己検証が求められているように思う。

   なお、検証報告が打ち出した提言は以下の通りだ。私はそのすべてに賛成の立場ではないが、指摘したテーマはそれぞれ、傾聴に値すると思う。

1政府としても緊急事態下の専門家助言組織のあり方について総括・検証を行う

2省庁横断的な司令塔機能の下、行政のデジタル基盤を抜本的に強化する

3「事業の継続」から「事業の強化」へ。構造改革を事業支援の条件とする

4パンデミック対策などの国家的なテールリスク事案への備えについては各省予算とは別枠で予算確保する

5感染症危機発生時における政府および地方自治体の十分な有事対応体制を確保するため、感染症危機管理に関する予備役制度を創設する

6罰則と補償措置を伴う感染症危機対応法制の見直し
姉妹サイト

注目情報

PR
追悼
J-CASTニュースをフォローして
最新情報をチェック
電子書籍 フジ三太郎とサトウサンペイ 好評発売中