2021年 12月 7日 (火)

手足3本失った僕が「弁当作り」を始めた理由 左手1本で毎日料理、8年続けて得た「学び」

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   左手1本で包丁を扱い、フライパンを火にかける。卵焼きも難なく巻ける。20歳の時に事故で右手と両足を失った山田千紘さん(30)は、1人暮らしで自炊する毎日。昼食用の弁当作りは継続すること8年。インスタグラムでも頻繁に弁当写真を公開している。

   「事故の前は全く料理をしたことがなかった」という山田さん。なぜ手足をなくしてから始めたのか。料理を続ける意味とは。山田さんが語った。

   【連載】山田千紘の「プラスを数える」~手足3本失った僕が気づいたこと~ (この連載では、身体障害の当事者である山田千紘さんが社会や日常の中で気づいたことなどを、自身の視点から述べています。)

  • 卵焼きを作る山田千紘さん
    卵焼きを作る山田千紘さん
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。弁当箱初代から5代目まで
    山田千紘さんが作ってきた弁当。弁当箱初代から5代目まで
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。初代の弁当箱
    山田千紘さんが作ってきた弁当。初代の弁当箱
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。2代目の弁当箱
    山田千紘さんが作ってきた弁当。2代目の弁当箱
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。3代目の弁当箱
    山田千紘さんが作ってきた弁当。3代目の弁当箱
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。4代目の弁当箱
    山田千紘さんが作ってきた弁当。4代目の弁当箱
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。新しく使い始めた5代目の弁当箱
    山田千紘さんが作ってきた弁当。新しく使い始めた5代目の弁当箱
  • 卵焼きを作る山田千紘さん
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。弁当箱初代から5代目まで
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。初代の弁当箱
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。2代目の弁当箱
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。3代目の弁当箱
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。4代目の弁当箱
  • 山田千紘さんが作ってきた弁当。新しく使い始めた5代目の弁当箱

仕事の日は基本的に弁当を作る

   インスタグラムのフォロワーさんからつい先日、弁当箱を頂きました。5代目の弁当箱として今週から使っています。

   弁当は、事故後に就職してから8年間、作り続けています。米を炊き忘れたり、仕事の都合で弁当が不要だったりする日はありますが、仕事の日は基本的に毎日作ります。

   一番多いメニューは卵焼きです。弁当には卵をよく使います。あと野菜もいろんな種類を使います。煮物も炒め物もするし、栄養バランスも良くなるよう心掛けています。料理の風景はYouTubeでも何本か公開しています。

   「左手だけで料理できるのか」と思う人もいるかもしれません。たとえば野菜の皮むきは、まな板にラップを敷き、野菜を置いて、無いほうの右手でどうにか押さえて、左手でピーラーを引きます。押さえている部分はむけないので、向きを変えて半分ずつ作業します。

   にんじんや大根など長さのある野菜はこれでむけますが、じゃがいもは丸いので大変です。電子レンジで温めて柔らかくするなど工夫しています。

   他にも、卵は片手で割れるし、ゆで卵も片手でむけます。右利きだったけど、左手で包丁も扱えます。

   日頃の料理に必要な作業は大体できるようになってきたと思いますが、細かい作業は難しいです。ハロウィンでカボチャを使ったお菓子作りをしましたが、裏ごしなど、一方の手で押さえながらの作業は大変ですね。ネギのみじん切りも下手です。ネギ大好きなんですけどね。リンゴもクルクル回して皮をむくことができません。だから、結婚するならネギのみじん切りとリンゴの皮むきができる方だとありがたいかもしれないです。

料理を始めたのは、自立するため

   両手両足があった時は、家事を全くやっていませんでした。料理は学校の調理実習の経験だけ。家ではせいぜいインスタントラーメンくらい。それが今では毎日弁当を作っています。

   左手1本になってからなぜ料理を始めたかというと、自立するためでした。事故直後、親には心配ばかりかけました。だから1人暮らしをして自立し、親を安心させるんだと決めました。

   出前やコンビニ食ばかりでは、親を安心させられない。だから料理をしようと思いました。それも「毎日やる」と。生きている限りご飯は食べ続けます。食生活ですら親に心配をかけたら、僕は何のためにあの事故から生き残ったのか分からない。親孝行じゃないですけど、自分にできることはやろうと決めました。

   その第一歩が弁当作りでした。携帯ショップで弁当箱をもらったのがきっかけです。最初は冷凍食品のオンパレードで、ただ適当に詰め込むだけ。写真を撮って親に送ったら、初日は褒めてくれたけど、すぐに「茶色い」「バランスが悪い」とダメ出しされました。

   悔しかったので燃えました。経済的に当時カツカツでしたけど、「クックパッド」に有料登録して勉強しました。いろんな料理をレシピ通りに、見よう見まねで作りました。続けていくうちに味付けの仕方が分かってきて、応用が効くようになりました。

僕が日常生活を発信する意味

   弁当は、インスタグラムに写真で公開しています。人に見てもらい、反応をもらうことで、続ける気力が出てきます。自分のための弁当であり料理ですが、自分1人で完結するのではなく、誰かに感想を言ってもらえるから頑張れるし、サボれなくなります。

   毎日変化を持たせる必要も出てくるから、レパートリーも増える。見栄えなどクオリティも自然と意識するようになります。僕のインスタグラムの弁当写真を見て、「レシピ教えてください」とフォロワーさんに聞かれたこともあります。

   チャレンジの積み重ねです。「左手だけじゃできなさそう」と思われるからこそ、チャレンジする。時間がかかってもいいから、どうにか自分の力で弁当を完成させてみる。焦がしたり、味付けを間違えたりしても、失敗例を知ることができる。失敗しても次につながるなら成功です。そうやって成長を実感できます。

   弁当作りを8年やってきて学んだのは、継続することの大切さ。「スラムダンク」の安西先生じゃないけど、「あきらめたらそこで試合終了」。あきらめずに継続すれば成長を感じられる。得るものは多いかなと思います。僕にとって今や料理は「楽しい」と思えるものの1つ。何事もそうですが、「難しそうだ」と感じても、やってみる価値、続ける価値はあるんじゃないかな。

   僕の夢である「モチベーショナルスピーカー」になるためには、料理のような日常生活を発信することも大事だと思っています。受け手の誰かが「この人は手足3本ないのに、朝早起きして弁当を作っている。自分はどうだろうか?」と、奮起してもらえれば嬉しいです。

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