2024年 4月 27日 (土)

「黒字化100%ムリ」それでも地域のために 福島・浪江町「スマホで呼べる車」がもたらす未来

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   「交通弱者」という言葉がある。地域の公共交通機関が貧弱で、車がないと社会生活に支障をきたす人たちだ。主に高齢者や子ども、体の不自由な人が挙げられるが、状況次第では誰でも弱者の立場に陥る。

   福島県浪江町では、暮らしに車が欠かせない。だが地元住民にとって、車が使えない場面は意外とある。こうした課題のひとつの「解」として実証実験が続けられているのが、スマートフォン(スマホ)ひとつですぐ車を呼び出せる交通サービスだ。

  • スマモビの車両。スマホでの配車手続きから3分ほどで来た
    スマモビの車両。スマホでの配車手続きから3分ほどで来た
  • 取材に答えた日産自動車総合研究所・宮下直樹さん(左)
    取材に答えた日産自動車総合研究所・宮下直樹さん(左)
  • 記者のスマホ画面に表示されたバーチャル停留所。路上から車を呼び出せた
    記者のスマホ画面に表示されたバーチャル停留所。路上から車を呼び出せた
  • JR浪江駅前に設置されている大型タッチパネルでも、スマモビの車を手配できる
    JR浪江駅前に設置されている大型タッチパネルでも、スマモビの車を手配できる
  • スマモビの車両。スマホでの配車手続きから3分ほどで来た
  • 取材に答えた日産自動車総合研究所・宮下直樹さん(左)
  • 記者のスマホ画面に表示されたバーチャル停留所。路上から車を呼び出せた
  • JR浪江駅前に設置されている大型タッチパネルでも、スマモビの車を手配できる

スマホに表示されるバーチャル停留所

   2011年3月の東京電力福島第一原発の事故で、浪江町全体に避難指示が出された。JR浪江駅を軸にした沿岸部の一部地域で指示が解除されたのは、17年3月。だが常磐自動車道西側は広範囲にわたり、今も帰還困難区域のままだ。23年2月末時点の町の居住人口は1964人で、震災前の約9%に過ぎない。

   記者は23年2月、町を取材で訪れた。浪江駅前には人も車も見当たらない。バスは1時間に1本、時間帯によっては2時間以上待つ。タクシーは台数が少ないと聞いた。行先が徒歩圏内ならよいが、目的地が遠方だと移動が困難だ。

   駅のバス乗り場で、大型のタッチスクリーンを見つけた。町役場や「道の駅なみえ」、大型ショッピングモールといった行先が並び、タッチ操作で車を呼ぶ「なみえスマートモビリティ」(スマモビ)のサービスだ。日産自動車が21年2月、浪江町で実証実験を開始した。

   メインの呼び出しツールはスマホだ。専用アプリをインストールし、利用者登録しておく。乗車地は駅などの大型施設のほか、アプリに表示される地図から指定できる。ユニークなのは、地図上に「バーチャル停留所」が多数現れる点だ。町の中心部は徒歩1分以内に、郊外では利用動向を踏まえて登録者の自宅付近などに作られる。利用者の声を拾い、数を増やしている。遠くまで歩かなくても乗車できるので、特に子どもや高齢者は助かるだろう。

   記者も、目印のない路上でアプリを開くと停留所が示されたので、その場で配車依頼。3分ほどで車が到着し、目的地の「道の駅なみえ」まで運んでもらった。料金は200円と、タクシーよりずっと安い。有料化したのは23年1月から。運賃は中心部からの距離に応じて、200円、300円、500円、800円の4段階に分かれている。

マイカー層が利用最多

   町民にとって交通手段の柱は、マイカーだろう。だが、スマモビ事業を担当する日産自動車総合研究所・宮下直樹さんは、こう指摘する。

「免許返納したお年寄り、子どものほか、町外から車なしで来る人、それに免許を持っている大人でもお酒を飲んでいたら運転できません」

   22年12月末時点での登録者数は1002人。1日の配車回数は平均40.8回を数える。年齢層でみると、利用最多は40~50代で、これはマイカー層と重なる。また町民利用者は全体の3割程度との話だ。出張ほか町外からの訪問者の割合が高いと言える。

   浪江町のウェブサイトによると、町内で営業中のタクシー会社、運転代行サービスは各1社。タクシーは平日19時、土日は17時で原則終了する。スマモビは、木~土曜は夜21時30分まで運行するので、週末は「飲み会」帰りの働き盛り世代の間で利便性が高まりそうだ。

トータルで黒字なら

   ただ、「スマホを使って呼ぶ」仕組みが、高齢者にはハードルにならないか。宮下さんによると、確かに60代以上でスマモビを利用しない理由のトップがスマホだという。ところが頻繁に利用する高齢者は逆に、「スマホで呼べるのは便利」と答える。それなら、スマホに不慣れな地元のお年寄りに使い方全般を教えようと考えた。

   22年5月、日産と東京大学が共同で「浜通り地域デザインセンターなみえ」を浪江駅近くにオープンした。ここに、スマモビの相談窓口を設置。スタッフの学生が、スマホやパソコンの相談全般を受けるようにした。浪江町が実施する「スマホ・タブレット相談会」にも協力する。

「『相談場所が出来た』と、気軽に足を運んでくれる人が増えました。コミュニティーとの、こうした地道な関係作りが大切です」

と、宮下さん。訪れた人のスマモビ登録は、21年の10人に対し、22年は8月までで46人となった。登録者を増やして利用動向のデータを多く集めて分析し、車両台数や配車アルゴリズムの改善、バス停設置に生かして、サービスの向上につなげたいと意気込む。

   スマモビのようなオンデマンド型の送迎サービスは、既存の路線バスはじめ公共交通機関と比べて、費用面で持続可能性が高いとも言われる。だが宮下さんは、「運賃だけで黒字化は、100%ムリ」と言い切る。ただ、交通事業だけで判断せず、地域にどれほど有益かが大事だと指摘した。仮に赤字でも、交通が便利になったおかげで住民が増えれば、税収もアップする。外からの訪問者が食事や買い物をして消費が活発になれば、地域経済にはプラスだ。トータルで黒字になるなら、スマモビのような事業の継続はリーズナブルと言える。

   来年度をめどに、浪江町だけでなく福島県内や浜通りでもスマモビの実施検討を議論していきたいと、宮下さんは願っている。

(J-CASTニュース 荻 仁)

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