一言かければ済むことなのに――。日常のささいな場面に潜むストレス。それは、スーパーのレジという空間でも突然起こり得る。小さな声での割り込み、譲歩の強要、あいまいな言い訳など......。そんなトラブルを経験したのが、都内在住の会社員・佐藤由香さん(仮名・20代)だ。「えっ、でも空いていたから」 レジ列に割り込んできた年配女性佐藤さんがトラブルに遭遇したのは、仕事帰りに立ち寄った駅前の小規模なスーパーマーケットだった。時刻は夕方6時過ぎ。帰宅ラッシュも始まりかけた時間帯で、店内のレジにはそれぞれ3~4人の列ができていたという。「どの列が早いかを見極めるのに少し悩みましたが、最終的に一つの列に決めて並びました」前の客が次々とレジを通過し、あと2人で自分の番がくる......そんなとき、年配の女性が列の脇に近づいてきた。最初は、どの列に並ぶか迷っているのかと思い気に留めなかったのだが、次の瞬間、彼女は佐藤さんの目の前にスッと割り込んだ。「まさか、という感じでした。でも、その場ですぐ何も言えなかったんです。後ろに人が並んでいましたし、黙っていられなくて『あの、ここ並んでいます』と声をかけました」しかしその女性は、「えっ、でも空いていたから」とあっさり答えるだけ。周囲の視線が一気に2人に集まり、空気がピリついたそうだ。やさしく断るって、こんなにむずかしい 「譲ってほしい」と「譲れない」の間で揺れたワケ佐藤さんは、「ちゃんと詰めていなかったんですが、並んでいたんです」と、丁寧に伝えた。しかし女性は、「もう年だからよくわからないの。並んじゃったからよいでしょ、譲ってね」と、逆に「配慮」を求めてきたという。「正直、私一人だったら譲ってしまったかもしれません。でも後ろに何人か並んでいたので、私が譲ったらその方たちにも失礼になると思いました」「ほかの方も並んでいるので、譲るのはむずかしいですね」と、できるだけ角が立たないような言葉を選んで答えたのだが......。女性は、「もういいでしょ」「ちょっとしか買ってないのに」と不満そうに言い続け、とうとう列を離れ、別のレジへと向かってしまった。「今日は、とくに混んでいて列がわかりづらいですよね。私も迷いました」とだけ伝えて、佐藤さんはそのままレジに買い物カゴを置いた。「運が悪かったなと思いつつも、波風立てずに終えられてよかったです。声をかけるのに、すごく勇気がいりましたけど......」他人を指摘するのはむずかしい。でも、「誰もが快適に過ごせるように」という小さな声かけが、秩序を守るきっかけとなる。佐藤さんがとったのは、正しさを押しつけるのではなく、静かに線を引くという選択だった。正しさだけでは伝わらないことがある。それでも、自分の立場を示す選択には、確かな意味があるはずだ。
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