やさしく断るって、こんなにむずかしい 「譲ってほしい」と「譲れない」の間で揺れたワケ
佐藤さんは、「ちゃんと詰めていなかったんですが、並んでいたんです」と、丁寧に伝えた。しかし女性は、「もう年だからよくわからないの。並んじゃったからよいでしょ、譲ってね」と、逆に「配慮」を求めてきたという。
「正直、私一人だったら譲ってしまったかもしれません。でも後ろに何人か並んでいたので、私が譲ったらその方たちにも失礼になると思いました」
「ほかの方も並んでいるので、譲るのはむずかしいですね」と、できるだけ角が立たないような言葉を選んで答えたのだが......。
女性は、「もういいでしょ」「ちょっとしか買ってないのに」と不満そうに言い続け、とうとう列を離れ、別のレジへと向かってしまった。
「今日は、とくに混んでいて列がわかりづらいですよね。私も迷いました」とだけ伝えて、佐藤さんはそのままレジに買い物カゴを置いた。
「運が悪かったなと思いつつも、波風立てずに終えられてよかったです。声をかけるのに、すごく勇気がいりましたけど......」
他人を指摘するのはむずかしい。でも、「誰もが快適に過ごせるように」という小さな声かけが、秩序を守るきっかけとなる。
佐藤さんがとったのは、正しさを押しつけるのではなく、静かに線を引くという選択だった。正しさだけでは伝わらないことがある。それでも、自分の立場を示す選択には、確かな意味があるはずだ。