兵庫・神戸市のマンションで女性が刺殺された事件が報じられる中、Xでは、護身用に「催涙スプレー」を携帯することの是非が話題になっている。正当な理由なく刃物を持ち歩くと取り締まりの対象になる可能性があるが、催涙スプレーはどうなのか。法的観点からのリスクを弁護士に聞いた。
「職務質問などで発見されれば摘発対象となり得ます」
各社報道によると、2025年8月20日にマンションのエレベーター内で住人女性の胸部などを刃物で数回刺し、殺害した疑いで、殺人容疑で谷本将志容疑者が逮捕された。事件が連日報じられる中、Xでは、護身用に催涙スプレーを携帯するよう勧める投稿が広く拡散された。
一部では「最近さらに治安悪くなったし催涙スプレー買おうかな」「自衛しないといけない時代になってきてる」などと受け止める声が見られたが、催涙スプレーの携帯は違法なのではないかとの懸念も出ている。
実際、護身用に催涙スプレーを携帯することには法的な問題があるのか。J-CASTニュースは9月1日、弁護士法人ユア・エースの正木絢生代表弁護士に話を聞いた。正木氏は、
「結論から言うと、催涙スプレーそのものは銃刀法の規制対象ではありませんが、『護身用』として携帯する場合には軽犯罪法1条2号(正当な理由なく凶器を隠して携帯する行為)にあたる可能性があります」
と見解を述べている。警察の実務上も、護身目的の携帯は、状況によっては、「正当な理由」に含まれないと解釈されることがあるため注意が必要だという。つまり「職務質問などで発見されれば摘発対象となり得ます」とのことだ。
使用リスクは?またヘアスプレーなどの場合は...
使用することに関しては、「『不意に襲われ生命身体に危険がある状況』で催涙スプレーを使うのであれば、正当防衛(刑法36条)が成立する余地があります」。
ただし、「防衛の必要性を超えた過剰な使用をすれば過剰防衛(刑法36条2項)として処罰される可能性があります」とも指摘している。
一方、Xでは、催涙スプレーの代わりに、日用品(唐辛子調味料、ヘアスプレー、ハッカスプレーなど)を使えば問題ないのではないかと考えるユーザーもいた。
正木氏は「これらは通常は凶器ではないため携帯自体が直ちに軽犯罪法違反に問われることはありません」としながら、使用方法によっては「傷害罪」(刑法204条:15年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金)に当たりうるほか、「積極的加害意思」(この機会を利用して積極的に加害しようという意思)が認められると正当防衛は成立しないと説明した。
「つまり『普段の用途に従って持ち歩く分には問題ないが、最初から護身用として持ち歩くとリスクがありうる』という点は、催涙スプレーと共通しています」(正木氏)
「防犯ブザーや通報機能などリスクの低い代替手段を優先的に」
正木氏は、一連の要点を「護身用具の法的リスクを考える際には、まず『携帯』と『使用』を分けて理解する必要があります」と伝え、下記のように述べている。
「携帯については、護身目的だとしても警察実務では『正当な理由』と認められない場合があり、軽犯罪法違反で摘発される可能性があります。一方で、使用に関しては突発的に襲われた場合には正当防衛や緊急避難が成立する余地がありますが、使い方が行き過ぎれば過剰防衛や傷害罪に問われかねません。さらに、相手が受けた被害の程度によって暴行罪にとどまるのか、傷害罪に発展するのかが変わってきます」
例えば、2009年3月26日の判決として、「20代の会社員の男性が、護身用に製造された比較的小型の催涙スプレー1本を、健康上の理由で深夜行う路上でのサイクリングに際して、護身用としてズボンのポケット内に入れて携帯したという事案で、『正当な理由』があると判断した最高裁判例があります」と紹介。このように、特別な事情がある場面で一定の理解が示された例はあるという。
とはいえ「過去の判例をみても、護身用具の携帯自体は厳しく判断されるケースが多い」。正木氏は下記のように提言している。
「したがって、護身用具の利用には常に法的リスクが伴うと認識し、防犯ブザーや通報機能などリスクの低い代替手段を優先的に検討することが望ましいといえます」